アメリカ大陸への到達
概要
シベリアからアラスカへ渡り、数千年で大陸の南端に達した。人類が住み着いた最後の大陸で、ここから先は海の島だけになる。
場所
-41.51°N -73.20°E · チリ・ロス・ラゴス州
本文
最後の氷期のあいだ、地球の水の多くは大陸の氷床に閉じ込められ、海面はいまより100メートル以上低かった。シベリアの東端とアラスカのあいだのベーリング海峡も干上がり、幅1000キロを超える陸地になっていた。いまはベーリンジアと呼ばれるこの土地は、草と灌木が広がる寒冷な平原で、マンモスや馬やバイソンが歩いていた。その獣を追って、人びとがアジアから東へ渡った。
アメリカ大陸の先住民の祖先がアジアから来たことは、遺伝学でもはっきりしている。現代の先住民と古い人骨のゲノムを比べると、彼らの祖先はシベリアや東アジアの集団から2万数千年前に分かれ、その後しばらく他の集団と行き来のない状態にあったらしい。最も寒い時期に、ベーリンジアのどこかで数千年とどまっていたのではないか、という説がある。その間に、アメリカ大陸の先住民に共通する遺伝的な特徴ができたと考えられている。
問題は、いつ、どの道を通って氷床の南へ出たかだった。北アメリカの北部は、東のローレンタイド氷床と西のコルディエラ氷床という二つの巨大な氷に覆われていた。20世紀の半ばまで有力だったのは、氷期の終わりに二つの氷床のあいだに氷のない回廊が開き、人びとがそこを通って南へ広がった、という考えだった。ニューメキシコ州のクローヴィスの近くで1930年代に見つかった、両面を削った美しい槍先をもつ文化が約1万3000年前のもので、これが最初のアメリカ人だとされた。「クローヴィス最初説」と呼ばれる。
それを崩したのが、チリ南部のモンテ・ベルデだった。1970年代から発掘を続けた考古学者トム・ディルヘイは、泥炭の下に保存された木の小屋の跡、獣の皮、食べられた植物、そして人の足跡を見つけ、それが約1万4500年前のものだと報告した。アラスカから1万キロ以上離れた南米の南部に、クローヴィスより千年以上前から人が住んでいたことになる。長く受け入れられなかったが、1997年に懐疑的だった専門家たちが現地を訪れて年代を認め、定説は書き換えられた。その後もオレゴン州の洞窟で見つかった人の糞の化石など、クローヴィスより古い痕跡が各地で確かめられている。

すると、通り道が問題になった。氷床のあいだの回廊が、人が通って暮らせるほど開いたのは約1万4000年前より後とされ、モンテ・ベルデの年代と合わない。そこで有力になったのが、太平洋の海岸に沿って南下したという説だった。海岸沿いには氷の切れ目があり、海藻の森に魚や貝やアザラシが集まっていた。舟を使って海岸伝いに移動すれば、内陸の氷を避けて南へ進めた。ただ、当時の海岸線はいまでは海の底に沈んでおり、証拠を直接見つけるのは難しい。
年代はさらに古くなるかもしれない。2021年、ニューメキシコ州のホワイトサンズで、2万3000年前から2万1000年前のものとされる人の足跡が報告された。正しければ、最も寒い時期より前にすでに人が氷床の南にいたことになる。年代の測り方に疑問を出す研究者もいたが、その後の追加の測定は古い年代を支持した。ほかにも3万年を超える年代を主張する遺跡があるが、それが人の手によるものかどうかを含めて、論争が続いている。

いずれにせよ、人びとは南北1万5000キロの大陸を、短いあいだに端から端まで埋めていった。北極圏の氷原から、熱帯の森、アンデスの高地、パタゴニアの草原まで、まったく違う環境に適応しながら広がった。モンタナ州で見つかったクローヴィス期の幼児の骨のゲノムは、いまの中南米の先住民の多くと近い関係にあった。
人の到来と前後して、アメリカ大陸からはマンモスや巨大なナマケモノ、馬、ラクダの仲間など、大型の獣の多くが姿を消した(アメリカ大陸の大型動物の絶滅)。狩りによるものか、氷期の終わりの気候の変化によるものか、その両方かは、いまも議論が分かれている。馬がいなくなったことは、のちの歴史にも響いた。家畜にできる大型の獣が少なかったことが、アメリカ大陸の社会の行く末を変えた、と論じる研究者もいる。人びとはやがて、メキシコでトウモロコシの栽培化を、アンデスでジャガイモの栽培を、ユーラシアとは別に始めていく。

これで、南極を除くすべての大陸に人が住んだ。オーストラリアにはそれより数万年前に人が着いていた。残るのは海の向こうの島々だけで、それが埋まるのはずっと後になる。太平洋の島々に人が広がるポリネシア人の太平洋拡散が最後にハワイやニュージーランドに達するのは、ここから1万年以上あとのことになる。海峡はやがて氷期の終わりとともに海の下に沈み、二つの世界は1万数千年のあいだ切り離された。両者が再び出会うのは、15世紀の末に大西洋の側からになる。
ハラリは物語「『サピエンス全史』で読む歴史」の第4章で、この移動を、人類がいかに速く新しい環境に適応したかの例として書き、その直後に起きた大型動物の絶滅と併せて論じている。人類が住み着いた場所では、どこでも大きな獣が消えた、というのが本の見立てになる。