概要
天武天皇が稗田阿礼に誦習させた帝紀と旧辞を、太安万侶が4か月で書いた。3巻。神代から推古まで。「上巻は神、中巻は英雄、下巻は王」。漢字で日本語を書こうとして、「音と訓を混ぜた」。読めなかった。本居宣長が35年かけて読んだ。
場所
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県
本文
序。太安万侶。 「天武天皇が『諸家の帝紀と本辞は、事実と違い、偽りが多い。今、正さなければ、幾年も経ずに消える』」。 「稗田阿礼。28歳。目にすれば口に誦み、耳に触れれば心に記す」。 「帝皇日継と先代旧辞を、誦み習わせた」。 天武が死んだ。25年。 元明天皇。711年9月18日。「安万侶、阿礼の誦む勅語の旧辞を、撰録して献上せよ」。 712年1月28日。 3巻。 「上つ巻」。天地の初め。イザナキ、イザナミ。アマテラス、スサノオ。オオクニヌシ。国譲り。ニニギ。海幸山幸。 「中つ巻」。神武から応神。ヤマトタケル。神功。 「下つ巻」。仁徳から推古。 「文字」。 「上古の時、言意ならびに朴にして、文を敷き句を構ふること、字におきてすなはち難し。已に訓によりて述べたるは、詞、心に逮ばず。全く音をもちて連ねたるは、事の趣さらに長し。ここをもちて今、あるは一句の中に音訓を交へ用ゐ、あるは一事の内に全く訓をもちて録しぬ」。 「漢字で日本語を書く」。 「訓と音を混ぜる」。 「読めない」。 「本居宣長」。1764年から1798年。『古事記伝』44巻。 「『古事記』は、『日本書紀』の影で、900年、ほとんど読まれなかった」。 「宣長が、読み方を、作った」。 「漢意を去れ」。 「天武」。「壬申の乱」。「自分の正統」。 「帝紀」。系譜。「旧辞」。物語。 「阿礼は、実在したか」。 「安万侶」。1979年、奈良の茶畑から墓誌が出た。「左京四条四坊、従四位下勲五等太朝臣安万侶、養老七年七月六日卒」。 「実在した」。 「『古事記』は偽書」と言う人が、江戸から。「序が」。 「墓誌が出て、序は、確かになった」。 「上巻の神々は、『日本書紀』と違う」。 「オオクニヌシの物語は、ほとんど『古事記』だけ」。 「稲羽の白兎」。 「大和の王権の外の話が、入っている」。 「なぜ、天武が」。 「分からない」。 1300年。 2012年。