できごと

イシャンゴの骨

Ishango bone
BC1万8000年頃
重要度 3
BC1万8000年頃イシャンゴ(位置は特定されていない)
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているBC1万8000年頃の版図を描いています。

概要

コンゴ東部の湖畔で、ヒヒの腓骨が見つかった。長さは十センチほどで、先端に石英の破片が埋め込まれ、彫るための道具だったと見られる。側面に刻み目が三列。それぞれの列の数には規則らしきものがあり、素数の並びだ、十進法の掛け算だ、月の満ち欠けを数えたものだと、さまざまに論じられてきた。どれも決め手がない。確かなのは、二万年前の誰かが、何かを一つずつ刻んで数えたことである。数えた対象は、失われた。

場所

イシャンゴ位置は特定されていない(誤差 ±km)
-0.13°N 29.60°E · コンゴ民主共和国・エドワード湖畔

本文

アフリカ大陸の真ん中、いまのコンゴ民主共和国とウガンダの国境に、エドワード湖という湖がある。その北の岸、湖からセムリキ川が流れ出すあたりに、イシャンゴと呼ばれる遺跡がある。いまはヴィルンガ国立公園の中で、かつてここには、湖で魚を獲って暮らす人々の小さな集落があった。集落の跡は、近くの火山が噴き上げた灰に埋もれていた。

1950年、ベルギーの地質学者ジャン・ド・エンゼランがここを発掘し、銛の先や石器、人の骨とともに、一本の小さな骨の道具を見つけた。長さ十センチほどで、ヒヒの腓骨(すねの細い骨)とみられる。先端には石英のかけらがはめ込まれていて、何かを彫ったり刻んだりするための道具だったと考えられている。骨はいまブリュッセルのベルギー王立自然科学博物館に収められている。年代は、初め八千年から一万一千年ほど前とされたが、その後の測り直しで、二万年ほど前とする見方が有力になった。それでも幅は大きい。

人々の目を引いたのは、骨の側面に並ぶ刻み目である。刻み目は三つの列をなし、それぞれの列がいくつかの束に分かれている。中央の列の束の数は、順に三、六、四、八、十、五、五、七。三の次が六、四の次が八、十の次が五で、倍にしたり半分にしたりしているように読める。左の列は十一、十三、十七、十九で、十から二十までの間の素数がすべて並んでいる。右の列は十一、二十一、十九、九で、十に一を足し、二十に一を足し、二十から一を引き、十から一を引いた形に見える。さらに、左の列と右の列の合計はどちらも六十になり、中央の列は四十八になる。

この並びをめぐって、さまざまな読み方が出された。発見者のド・エンゼラン自身は、十を基にした掛け算や、素数を知っていた人々の数の遊びではないかと考えた。アメリカの研究者アレクサンダー・マーシャックは、刻み目を月の満ち欠けを数えた暦とみた。六十日はおよそ二か月にあたる。そこから、女性が月経の周期を記録したものだという説も唱えられた。十二を基にした数え方の痕跡だとする説もある。そして、獲物の数や日数、あるいは取引を記録しただけの数取りにすぎない、という見方もある。

どの説にも決め手はない。同じ数の並びは、見ようと思えばいくらでも読み込める。素数という考え方が二万年前の湖畔にあったと考えるのは、飛躍が大きい。比べられる相手も少ない。刻み目のある骨はほかにも見つかっており、チェコで出たオオカミの骨には三万年ほど前に五つずつの束に分けた五十五の刻み目が、南アフリカのレボンボ山地の洞窟から出たヒヒの骨には四万年以上前の二十九の刻み目がある。だが、どれも一点ずつで、同じ文化の中で同じ使われ方をしていたと示す材料がない。近年は、イシャンゴの骨を「数学の証拠」として語ることに慎重な研究者が多い。刻み目の一部は使ううちについた傷と見分けにくいという指摘もあり、そもそもどこで束を区切るかが、すでに一つの解釈である。

それでも、確かなことがある。二万年ほど前、誰かがこの骨に、一つずつ刻み目を入れた。そして、それをいくつかの束に分けた。それだけで十分に大きな意味がある。刻み目は、数えた対象から数を切り離している。羊や魚がその場にいなくても、刻み目はそこに残る。記憶ではなく物に数を残し、一つずつではなく束にまとめて扱う。それは、ずっとのちに生まれる位取りの記数法(十進法と位取りの記数法)や、六十を一まとまりとするメソポタミアの数え方(六十進法)へとつながる、遠い出発点の一つである。

そして、何を数えたのかは失われた。数だけが残った。数は、自分が何のための数なのかを語らない。同じことは、インカの結び目の記録(キープ)でも起きている。結び目が表す数の仕組みは解けたが、それが何の数なのかは、多くの場合分からない。

イシャンゴの骨は、しばしば「アフリカ最古の数学」として紹介される。そこには別の背景もある。数学の歴史は長く、ギリシアから始まるように書かれてきた。それを正す意味が、この小さな骨に託されている。ただ、証拠を必要以上に読み込むことは、同じ過ちの裏返しになりかねない。分からないことは分からないままにして、それでも大切に置いておく。この骨がいま、そういう置かれ方をしているのは、正しいことである。

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