概要
キプロス島に、野生の猫はいなかった。それなのに、9500年前の墓に、人と猫が並んで葬られていた。誰かが船に乗せて連れて来たことになる。猫の家畜化は、農業とともに始まったと考えられている。穀物を貯めれば鼠が来る。鼠が来れば猫が来る。人は追い払わなかった。エジプトで神になり、船に乗って世界へ広がった。犬と違い、猫は用途のために作り変えられなかった。品種の大半は19世紀以降の産物である。
場所
34.75°N 33.30°E · キプロス
本文
**キプロス**。
地中海の島。本土から約70km。
この島には、**もともと猫がいなかった**。ネズミも、キツネも、シカも、更新世の終わりの時点では在来していない(矮小カバと矮小ゾウがいたが、人の到達とともに絶滅した)。
**シロウロカンボス遺跡**。
キプロス南部。新石器時代の集落。
2001年、フランスの考古学者**ジャン=ドニ・ヴィーニュ**らが、一つの墓を報告した。
年代、**約9500年前**(前7500年頃)。
そこに、**人が一人**と、その**約40cm離れたところに、猫が一匹**、埋葬されていた。
猫は生後8か月ほど。骨に、屠殺の痕がない。二つの遺骸は、**同じ向き**(西向き)に置かれていた。
副葬品——磨いた石、石器、貝、黄土。
**意味**。
(1)キプロスに猫はいなかった。だから、**人が船で運んだ**。
(2)人と並べて葬った。**意図的な関係**があった。
これは、エジプトで猫が神聖視される**4000年以上前**である。
**どこから**。
2007年、遺伝子の研究(ドリスコルら)が、世界の飼い猫のミトコンドリアDNAを調べた。
結果——飼い猫は、**リビアヤマネコ**(*Felis silvestris lybica*)の、**中東の系統**から来ている。
ヨーロッパヤマネコでも、アフリカの他の系統でも、アジアの系統でもない。
家畜化の場所は、**肥沃な三日月地帯**。時期は、**農業の開始と重なる**。
**どうやって**。
犬と違い、猫は「使うため」に飼われたのではない、と考えられている。
**猫が来た**。
農業が始まり、人が**穀物を貯蔵する**ようになった。
貯蔵庫には、**ネズミ**が来る。
ネズミが来れば、**猫が来る**。
人は、猫を追い払わなかった。ネズミを減らしてくれるからである。
猫の側でも、人の近くに留まれる個体——人を極端に恐れない個体——が有利になった。
つまり、**互いに利益があったので、共存が続いた**。人が選択したというより、**猫が人の環境に適応した**。
(この意味で、猫は「自己家畜化」の最も明瞭な例とされる。)
**遺伝的な変化の小ささ**。
飼い猫と、野生のリビアヤマネコの遺伝子の違いは、**小さい**。
犬と狼の違いよりも、牛と原牛の違いよりも、はるかに小さい。
そして、**形が変わっていない**。
飼い猫の体格、頭骨、四肢の比率は、リビアヤマネコとほぼ同じである。(腸がやや短く、脳がわずかに小さいという差はある。)
犬は、チワワからグレートデーンまで、体重で100倍の差がある。**猫には、そういう幅がない**。
理由。
- 人が、猫を**用途別に作り分けなかった**。猫がやることは、一つ(ネズミを捕る)だけである。牧猫も、猟猫も、そり猫も、要らない。 - 猫は、**繁殖を人が管理しにくい**。放し飼いなので、勝手に交配する。だから、選択が効かない。
**品種**。
現在の猫の品種は、**大半が19世紀以降**に作られた。
1871年、ロンドンの水晶宮で、最初の本格的な**キャットショー**が開かれた。ハリソン・ウィアーが企画した。
以後、シャム、ペルシャ、アビシニアンといった品種が「確立」され、血統書の制度ができた。
(対して、犬の品種の多くは、それ以前から、機能によって分化していた。)
**エジプト**。
エジプトで、猫は特別な地位を得た。
- **バステト女神**。当初はライオンの姿だったが、前2千年紀に猫の姿になった。豊穣、家庭、そして出産の守護。 - ブバスティスの神殿。ヘロドトスが、その祭りに70万人が集まると書いている。 - **猫のミイラ**。数十万体が出土している。19世紀、大量のミイラがイギリスへ運ばれ、**肥料として**売られた(1888年、ベニ・ハサンから19トンの猫のミイラが積み出され、リヴァプールで競売にかけられた)。 - 猫を殺すことは、死罪だった(ディオドロスが、猫を誤って殺したローマ人が群衆に殺された事件を記している)。 - 猫の輸出は、禁じられていた(とされる。実際には広まっていた)。
**広がり**。
- **ギリシア・ローマ**。ローマ軍とともに、ヨーロッパ全域へ。 - **船**。船倉の穀物と食料をネズミから守るため、船に猫が乗せられた。世界中の港に、猫が降りた。 - **中東・インド・中国**。シルクロードと海の道。 - **日本**。奈良時代、経典を鼠から守るために唐から連れて来られた、というのが通説(ただし、弥生時代の遺跡〈カラカミ遺跡、長崎県壱岐〉から猫の骨が出ており、より古い渡来の可能性がある)。
宇多天皇の日記『**寛平御記**』(889年)に、彼が飼っていた黒猫についての詳しい記述がある。父から譲られた猫で、「他の猫は浅黒いが、これは墨のように黒い」「体を丸めると足も尾も見えず、暗い穴の中の玉のようだ」。
(世界で最も古い部類の、猫についての個人的な記述である。)
**中世ヨーロッパ**。
猫は、迫害された時期がある。
1233年、教皇グレゴリウス9世の教書『**ラーマの声**』が、異端の集会で黒猫が崇拝されていると記述した。
以後、猫、特に黒猫が、魔女と結びつけられた。魔女裁判で、猫が一緒に焼かれた記録がある。
(「猫を殺したからペストが広がった」という説がよく語られるが、歴史学的な裏づけは弱い。ペストの媒介はクマネズミにつくノミであり、猫の数との関係を示す直接の証拠は乏しい。)
**現在**。
飼い猫は、世界に**6億匹以上**とされる。
そして、問題がある。
**外来種としての猫**。
猫は、島の生態系にとって、最も破壊的な外来種の一つである。
- ニュージーランド、オーストラリア、太平洋の島々で、多数の在来の鳥と爬虫類が、猫によって絶滅あるいは激減した。 - **スティーヴンズ島の事件**(1894年、ニュージーランド)。灯台守の飼い猫が、この島にしかいない飛べない鳥(スティーヴンイワサザイ)を捕らえてきた。この種は、発見と絶滅がほぼ同時だった。(「一匹の猫が一種を絶滅させた」という話が広まったが、実際には持ち込まれた猫の集団によるとされる。) - アメリカの推計で、飼い猫と野良猫が年間**14億〜37億羽の鳥**を殺している(2013年、スミソニアンの研究)。
9500年前、人が船に乗せて島へ運んだことの、長い帰結である。