火の使用

概要
100万年前の洞窟に焼けた骨と灰が残る。炉が日常のものになるのは40万年前ごろで、火は食べ物を柔らかくし、夜を長くし、猛獣を遠ざけた。
場所
-27.84°N 23.55°E · 南アフリカ・北ケープ州
本文
人類は、いつから火を使うようになったのか。答えは一つの年に決まらない。火を「使えた」ことを示す最も古い手がかりは、およそ100万年前にさかのぼる。だが、炉の跡が人の暮らしの場所に当たり前のように残るようになるのは、40万年前ごろからである。その間の数十万年は、ゆっくりと火を手なずけていった長い時間だったと考えられている。
火そのものは、人類が現れるはるか前から地上にあった。320万年前のルーシーの仲間たちも、野火を目にしていたはずである。落雷や乾燥で起きる野火は、アフリカのサバンナでは珍しくない。初期の人類が最初に火と関わったのは、こうした自然の火の跡で、焼け死んだ動物を拾ったり、燃え残りの木を持ち帰ったりすることからだったのではないか、と推測されている。火を自分で起こす技術を持つより前に、自然の火を運び、絶やさないように守る段階があったと考える研究者は多い。
難しいのは、それを遺跡で確かめることである。焼けた骨や土が見つかっても、それが人の焚いた火なのか、たまたま通りすぎた野火なのかを見分けるのは容易ではない。灰は風や雨で流され、炭は長い年月のうちに崩れる。ケニアやエチオピアの150万年前ごろの遺跡で見つかった焼けた土の塊も、人が火を使った証拠かどうか、今も議論が分かれている。
その点で重要なのが、南アフリカの北部にあるワンダーワーク洞窟である。2012年に発表された研究で、およそ100万年前の地層から、焼けた骨のかけらと、草や葉が燃えた細かな灰が見つかった。場所は洞窟の入口から30メートルほど奥で、外の野火が届くところではない。灰は風で吹き込まれたものではなく、その場で燃えた跡と見られた。同じ層からは、当時の人類(ホモ・エレクトスとみられる)が作った握斧などの石器も出ている。人が洞窟の奥で火を焚いていた、現在知られている最も古い証拠の一つとされる。
イスラエル北部のゲシャー・ベノット・ヤアコヴという約78万年前の遺跡からも、焼けた種や木、熱を受けた石のかけらが、特定の場所に固まって見つかっている。人が同じ場所で繰り返し火を使ったことをうかがわせる。ただ、こうした古い例はまだ少なく、ぽつりぽつりと現れるにすぎない。
様子が変わるのは、40万年前ごろからである。中東やヨーロッパの遺跡で、炉の跡や焼けた石、灰の層が見つかる例が目立って増えていく。イスラエルのケセム洞窟では、数十万年にわたって人が住み続けた地層の中に、同じ場所で何度も火を焚いた跡が厚い灰の層として重なっている。炉の周りで肉を焼き、石器を作っていた様子が読み取れる。このころには、火は特別なものではなく、毎日の暮らしの道具になっていたと考えられる。のちに現れるネアンデルタール人も、火を日常的に使っていた(ネアンデルタール人の消滅)。
火は、人の暮らしを少なくとも三つの面で大きく変えた。一つは食べ物である。生の肉や硬い根や種は、噛むのにも消化するのにも手間がかかる。火を通せば柔らかくなり、栄養も体に取り込みやすくなる。毒や寄生虫の一部も消える。チンパンジーは一日の多くの時間を、食べ物を噛むことに費やす。料理は、その時間を大きく減らした。
二つ目は夜である。日が沈めば真っ暗になるサバンナで、火は明かりと暖かさをもたらした。人々は火を囲んで集まり、日没のあとも起きていられるようになった。現代のアフリカの狩猟採集民を調べた人類学者は、昼間の会話は仕事や食べ物の分け方についての話が多いのに対し、夜の火のそばでは、物語や昔話が多く語られることを報告している。火の周りは、語り合い、知恵や記憶を伝える場所になったのかもしれない。
三つ目は安全である。夜のサバンナには、ライオンやハイエナなどの猛獣がいる。火を焚けば獣を遠ざけられる。初期の人類は木の上で眠っていたと考えられているが、火を手にしたことで、地上で眠れるようになったとも言われる。寒い土地へ広がっていくうえでも、火の暖かさは欠かせなかった。
さらに大胆な説もある。イギリスの霊長類学者リチャード・ランガムは、料理こそが人を人にした、と唱えた。およそ180万年前に現れたホモ・エレクトスは、それ以前の人類に比べて歯や顎が小さく、腸も短くなり、そのかわり脳が大きくなった。柔らかく消化しやすい料理した食べ物を食べるようになったから、腸に回していたエネルギーを、たくさんのエネルギーを食う脳に回せるようになった、というのである。筋道は通っているが、問題は時期である。180万年前に人が日常的に火を使っていたという証拠は、まだ見つかっていない。料理がいつから人の体を作り変えたのかは、決めきれていない。
火を自分で起こせるようになったのがいつかも、分かっていない。火打ち石や火きり棒そのものは、腐ったり、ただの石と見分けがつかなかったりして、遺跡に残りにくい。ネアンデルタール人が、硫化鉄の鉱物に石を打ちつけて火花を出していたことを示すとされる石器の痕も報告されているが、それも数万年前のものである。
火は、のちの人類のあらゆる技術の出発点にもなった。土をこねて焼けば土器になり、石を熱すれば金属が取り出せる。火で野を焼いて獲物を追い、植物の育ち方を変えることもできた。オーストラリアでは、先住民が火入れで土地を管理してきたことが知られている。ホモ・サピエンスの出現のはるか前から始まった火との付き合いは、焚き火から窯へ、炉から蒸気機関へと、形を変えながら今も続いている。火を扱うのは人類だけである。その始まりは100万年前の洞窟の奥の、ひとつまみの灰の中に残されている。