できごと

認知革命

Cognitive revolution
約7万年前〜3万年前
年に諸説あり重要度 5
約7万年前〜3万年前ブロンボス洞窟
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っている約7万年前〜3万年前の版図を描いています。

概要

言葉が、目の前に無いものを語れるようになった。虚構を共有できれば、見ず知らずの数百人が協力できる。ハラリはここを人類史の起点に置く。

場所

ブロンボス洞窟
-34.41°N 21.22°E · 南アフリカ・西ケープ州

本文

ホモ・サピエンスは、30万年ほど前にはアフリカにいた(ホモ・サピエンスの出現)。モロッコのジェベル・イルードで見つかった骨は、およそ30万年前のものとされる。彼らは石器を作り、火を使い、獲物を狩った。だが、その後20万年以上にわたって、サピエンスの暮らしはほかの人類と大きく違わなかったように見える。ヨーロッパにはネアンデルタール人の消滅で消えることになるネアンデルタール人がいて、アジアにはほかの人類がいた。

7万年前から数万年前にかけて、様子が変わる。サピエンスはアフリカを出てユーラシアに広がり、6万年前から4万5000年前のどこかで、海を渡ってオーストラリアに着いた。ヨーロッパに入った彼らは、ネアンデルタール人に取って代わった。オーストラリアでは、人の到来から遠くない時期に、巨大な有袋類やトカゲなど大型の動物の多くが姿を消している(オーストラリアの大型動物の絶滅)。そしてこのころから、遺跡に残るものが変わってくる。貝や歯に穴を開けた装身具、骨や牙を彫った像、洞窟の壁画、骨で作った針や笛。遠くの土地から運ばれた石や貝は、広い範囲を結ぶ交易の網があったことを示している。

ブロンボス洞窟の位置図
ブロンボス洞窟の位置図Wikimedia Commons Turid Hillestad Nel , Christopher Stuart Henshilwood · CC BY 4.0

ドイツの洞窟で見つかったライオンマン像は、およそ4万年前、マンモスの牙からライオンの頭と人の体をもつ姿を彫り出したものだった。この世に存在しない生き物を形にしたものとして、最も古い例の一つとされる。フランスのショーヴェ洞窟の壁画には3万年以上前の動物の壁画が残り、ロシアのスンギールの埋葬では、数千の象牙のビーズで飾られた衣服をまとった死者が葬られていた。

何が起きたのか、はっきりしたことは分かっていない。脳の配線を変える遺伝子の偶然の変化が起き、それによって複雑な言語が可能になった、という説がある。考古学者リチャード・クラインらが唱えたもので、「人類の大躍進」とも呼ばれた。ただ、言語そのものは化石に残らず、証拠は間接的なものしかない。

ブロンボス洞窟の地層断面図
ブロンボス洞窟の地層断面図Wikimedia Commons Turid Hillestad Nel , Christopher Stuart Henshilwood · CC BY 4.0

一方で、それは突然の革命ではなかった、という反論も強い。アフリカの遺跡を調べると、象徴を使う行動は、ヨーロッパの洞窟壁画よりずっと前から少しずつ現れているからである。南アフリカのブロンボス洞窟では、幾何学的な線を刻んだ赤い顔料の塊や、穴を開けた貝のビーズが見つかっている。いずれも7万年以上前のもので、さらに古い候補もある。ヨーロッパで華々しく見えたのは、そこが発掘の中心だっただけではないか、という指摘である。

ユヴァル・ノア・ハラリの物語「『サピエンス全史』で読む歴史」は、この変化を「認知革命」と呼び、人類史の起点に置いた。鍵は、目の前に無いもの、それどころか存在しないものについて語れる言葉だと言う。ライオンがいる、気をつけろ、と仲間に伝えることは、ほかの動物にもできる。だが、ライオンは私たちの部族の守り神だ、と言えるのは人間だけになる。

ハラリによれば、言葉の役割はまず、噂話で仲間の情報を交わすことにあった。誰が信頼でき、誰が嘘つきかを知ることで、集団は大きくなれる。だが噂話でつながれる人数には限りがあり、それはおよそ150人だとされる。それを超える数の、互いに見知らぬ人びとが協力できたのは、同じ虚構を信じたからだ、というのが本の中心の主張である。神々も、部族の祖先の霊も、のちには国家も、法も、お金も、会社も、人びとが共に信じることで成り立っている。本はフランスの自動車会社を例に出し、それは工場でも社員でもなく、法律という物語の中にしか存在しない、と書く。

共有された虚構があれば、行動の仕方を遺伝子の変化を待たずに変えられる。新しい物語を語れば、それを信じる何千人もが一斉に新しい行動をとる。だからサピエンスは、ほかの動物とは比べものにならない速さで変われるようになった。ハラリはこれを、生物学から歴史への移り変わりと呼ぶ。そこから先の人類の変化は、遺伝子ではなく物語の変化として語られる、というのが本の筋になる。

この見方は分かりやすく、本は世界で大きく読まれたが、専門家からの批判もある。認知の変化をある時点に置くことは単純化にすぎ、ほかの人類も象徴を使っていた可能性がある、という指摘がそれである。ネアンデルタール人の遺跡からも装身具や顔料の痕跡が見つかっており、サピエンスだけが特別だったと言い切れるかどうかは、議論が続いている。

年代は幅を持たせてある。7万年前という数字は本の区切りで、遺物の側からは、ブロンボス洞窟の刻線入りの顔料(約7万5000年前)のように、それより古い「象徴」の候補も出ている。一方で、壁画や彫像が数多く現れるのは4万年前から3万年前にかけてのことになる。認知革命がいつ、どこで、一度に起きたのか、少しずつ積み重なったのかは、いまも研究が進められている問いである。

動画(1)

Bananas in heaven | Yuval Noah Harari | TEDxJaffaTEDx Talks天国のバナナを信じるのは人だけだ、という話。虚構を共有する力の説明

出典(4)

ユヴァル・ノア・ハラリ(柴田裕之 訳) 『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』第2章 虚構が協力を可能にした
スティーブン・ピンカー(幾島幸子、塩原通緒 訳) 『暴力の人類史』第2章 平和化のプロセス
マット・リドレー(大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之 訳) 『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』第2章 集団的頭脳
デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ(酒井隆史 訳) 『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』第3章(氷河期の社会の多様さ)

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