ロシア革命

概要
世界最初の社会主義国家が生まれた。以後70年、世界は二つの体制に分かれる。
場所
59.93°N 30.34°E · ロシア・サンクトペテルブルク
関わった人(1)
レーニンAD1870年4月22日–AD1924年1月21日 · 指導本文
1914年に始まった第一次世界大戦は、ロシア帝国にとって手に余る戦争だった。兵の数は多かったが、武器も砲弾も足りず、鉄道は前線と都市の両方に物資を運びきれなかった。開戦から2年あまりで、戦死・負傷・捕虜を合わせた損害は数百万人にのぼった。皇帝ニコライ2世は自ら最高司令官として前線に出たが、首都では皇后と、皇太子の血友病を癒すとされた祈祷僧ラスプーチンが政治に口を出し、宮廷の信用は地に落ちていた。
その12年前、1905年にも、帝国は揺らいでいる。血の日曜日事件で、皇帝に請願しようとした民衆に軍が発砲し、各地でストライキと反乱が広がった。皇帝は議会(ドゥーマ)を開くことを約束して切り抜けたが、その権限はすぐに削られた。不満は消えずに残っていた。

革命は二度あった。
最初は1917年の2月、旧暦の23日、首都ペトログラード(いまのサンクトペテルブルク)で始まった。その日は国際女性デーで、パンの配給の行列に疲れた女性労働者たちが街に出た。ストライキが工場から工場へ広がり、数日のうちに数十万人がデモに加わった。鎮圧を命じられた兵士たちが、発砲を拒み、逆に民衆の側についた。労働者と兵士の代表が集まってソヴィエト(評議会)を作り、ドゥーマの議員たちは臨時政府を作った。3月2日(旧暦)、ニコライ2世は退位した。位を譲られた弟も即位を辞退し、1613年から300年あまり続いたロマノフ朝が終わった。これが二月革命(ロシア)である。

臨時政府ができたが、戦争を続けた。連合国への約束があり、ドイツに負けて講和すれば領土を失う。だが兵士と農民が求めていたのは、何よりも戦争の終わりと土地だった。首都では臨時政府とソヴィエトが並び立つ「二重権力」が生まれ、どちらも単独では国を動かせなかった。
そこへ、ドイツがレーニンを送り込む。スイスに亡命していたレーニンとその同志たちを、ドイツ政府は特別の列車に乗せて自国の領土を通過させた。途中で誰も乗り降りしないよう扉を封じたとされ、「封印列車」と呼ばれる。戦争をやめると主張する革命家を帰せば、ロシアは内側から崩れる。ドイツの狙いはそこにあった。4月、ペトログラードの駅に着いたレーニンは、臨時政府を支持せず、すべての権力をソヴィエトへ、と訴えた。

夏の攻勢が失敗すると、臨時政府の人気はさらに落ちた。7月には首都で騒乱が起き、レーニンはドイツの手先と非難されてフィンランドへ逃れた。8月には軍の総司令官コルニーロフが首都に軍を向けようとし、臨時政府の首相ケレンスキーは、これを防ぐためにボリシェヴィキの労働者にまで武器を配った。その武器は返されなかった。
10月25日(旧暦、今の暦では11月7日)、トロツキーが中心となって動かした軍事革命委員会の部隊が、首都の駅や橋や電信局を押さえ、臨時政府の閣僚がこもる冬宮を占拠した。ほとんど流血のない、静かな権力の奪取だった。ボリシェヴィキが権力を握った。

彼らは「平和・パン・土地」を掲げた。翌日には、すべての交戦国に即時の講和を呼びかける布告と、地主の土地を取り上げて農民に渡す布告が出された。ところが11月に行われた憲法制定議会の選挙では、農民に支持された社会革命党が第一党になり、ボリシェヴィキは4分の1ほどの票しか得られなかった。1918年1月、議会は開かれた翌日に武力で閉鎖された。前年の12月には、反革命を取り締まる秘密警察チェーカーが作られている。
1918年3月、ボリシェヴィキ政権はドイツと単独講和を結んだ(ブレスト・リトフスク条約)。ウクライナ、バルト地方、ポーランドなど、人口と穀物と石炭の多くを占める広大な地域を手放す、苛酷な条件だった。レーニンは、革命を生き延びさせるためには領土を差し出してもよいと押し切った。首都はペトログラードからモスクワへ移された。

その後、内戦になる。帝政の将軍たちが率いる白軍、社会革命党などの反ボリシェヴィキ勢力、独立を求める周辺の民族、それにイギリス、フランス、アメリカ、日本などの干渉軍が入り乱れて戦った(ロシア内戦)。日本はシベリアに最も多くの兵を送り、最も長く居座った。赤軍はトロツキーのもとで組織され、白軍がまとまりを欠いたこともあって、最後に勝ち残った。戦闘だけでなく、飢えと疫病と双方の処刑によって、数百万人が死んだ。
1918年7月、ウラル山脈のエカテリンブルクで、退位した皇帝ニコライ2世とその家族、従者が、地下室で銃殺された。白軍が町に迫っていたさなかのことだった。遺骨の多くが確認されたのは、ソ連が崩れた後の1990年代になってからである。

1922年、ソヴィエト社会主義共和国連邦が成立し、世界最初の社会主義国家ができる。レーニンはその2年後に死に、権力はヨシフ・スターリンへ移っていく。資本主義の国々は、革命が自国に広がることを恐れた。以後70年、世界は二つの体制に分かれることになり、その対立は第二次世界大戦のあと物語「冷戦」として地球を覆った。1991年のソ連の解体で、この国は終わる。