アポロ11号の月面着陸
概要
人類が地球以外の天体に立った。冷戦の競争が、そのまま到達点になった。
本文
1969年7月20日、月の「静かの海」の上空で、着陸船イーグルは降下の最後の段階に入っていた。乗っていたのはニール・アームストロングとバズ・オルドリン。もう一人の乗組員マイケル・コリンズは、司令船コロンビアに残って月の周りを回っていた。4日前、3人は巨大なサターンVロケットでフロリダから打ち上げられていた。
降下の途中、着陸船の誘導計算機が警報を出した。「1202」「1201」という見慣れない番号だった。計算機の記憶容量は、いまの携帯電話のおよそ数十万分の一しかない。処理が追いつかなくなったとき、計算機は優先度の低い仕事を捨てて、着陸に必要な計算だけを続けるように作られていた。警報はその仕組みが働いた合図だった。ヒューストンの管制室では、若い技術者たちが数秒のうちに「降下は続けてよい」と判断した。ソフトウェアの開発を率いたマーガレット・ハミルトンのチームが作り込んだ仕組みが、着陸を救ったのである。

だが、次の問題が待っていた。自動操縦が向かっていた着陸地点は、大きな岩が散らばるクレーターの縁だった。アームストロングは操縦を手動に切り替え、平らな場所を探して低空を飛び続けた。燃料の残りは減っていき、管制室は残り時間を読み上げた。着地したとき、使える燃料は30秒分にも満たなかったとされる。アームストロングは地球に告げた。「ヒューストン、こちら静かの基地。イーグルは着陸した」。
6時間あまり後、アームストロングははしごを降り、月面に左足を下ろした。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」。この中継は世界中で6億人ほどが見たとされる。2人は2時間半ほど月面を歩き、星条旗を立て、地震計や、地球からのレーザー光を跳ね返す反射鏡を置き、21キロあまりの岩や砂を集めた。反射鏡は今も使われていて、地球と月の距離を測るのに役立っている。

この計画は、冷戦の産物だった。1957年、ソ連が世界初の人工衛星を打ち上げた(スプートニク1号)。1961年4月には、ソ連のガガーリンが人類で初めて宇宙を飛んだ(人が初めて宇宙へ)。アメリカは二度続けて先を越された。その翌月、ジョン・F・ケネディ大統領は議会で、1960年代のうちに人間を月に着陸させ、無事に地球へ帰すと宣言した。宇宙での遅れは、科学の遅れであり、軍事の遅れであり、どちらの体制が優れているかの競争での負けだと受け止められていた。
アメリカ航空宇宙局(NASA)の予算は急に増え、最も多い年には連邦予算の4パーセントを超えた。40万人ほどの人々が、何らかの形でこの計画に関わったとされる。犠牲もあった。1967年1月、アポロ1号の地上試験中に船内で火災が起き、3人の飛行士が亡くなった。1968年12月には、アポロ8号が初めて人を乗せて月を回り、月の地平線から昇る地球の写真を撮った。

ソ連も月を目指していたが、巨大ロケットの開発は失敗が続いた。アポロ11号の打ち上げの2週間ほど前にも、試験の打ち上げでロケットが爆発している。ソ連はやがて、有人の月着陸をあきらめた。
持ち帰った岩石は、月の成り立ちを知る手がかりになった。調べてみると、月の岩は地球の岩とよく似た成分でできていた。そこから、生まれたばかりの地球に火星ほどの大きさの天体がぶつかり、飛び散ったかけらが集まって月になったという考えが有力になった。着陸そのものが作り話だという説がいまも唱えられることがあるが、持ち帰った岩石、置いてきた反射鏡、のちに月を回る探査機が撮った着陸の跡が、それを否定している。
7月24日、3人は太平洋に着水して帰ってきた。月から病原体を持ち帰るおそれが否定できなかったため、3週間ほど隔離された。ケネディは6年前に暗殺されていて(ケネディ暗殺)、宣言の実現を見ることはなかった。

成功を誰もが祝ったわけではない。打ち上げの日、キング牧師の後を継いだ公民権運動の指導者たちは、貧しい人々を連れて発射場に来て、月に使う金を地上の貧困に回すべきだと訴えた。ベトナム戦争が続き、都市では暴動が起きていた時代である。
その後、アポロ計画は1972年の17号まで続き、合わせて12人が月面に立った。1970年の13号は、途中で酸素タンクが爆発し、月に降りずに辛うじて帰還した。月の競争に勝った後、アメリカの議会と国民の関心は急速に冷め、計画は予定より早く打ち切られた。宇宙開発の中心は、地球を回るスペースシャトルや宇宙ステーションへ移っていく(チャレンジャー号の事故)。

アポロ17号から半世紀あまり、月面に立った人はいない。月面に人を送るのが技術的に難しいからだけではない。冷戦という、それだけの金と人を注ぎ込む理由が無くなったからである。いまアメリカは、民間の企業とともに再び人を月に送る計画を進めており、中国も月面着陸を目指している。