国・勢力

モンゴル帝国

Mongol Empire
AD1206年(クリルタイ) – (この年表の範囲では続く)
地図での色首都 カラコルム重要度 5

概要

1206年にモンゴル高原の諸部が一人の下にまとまり、90年で太平洋から黒海まで届いた。地続きの帝国としては史上最大になる。

版図の移り変わり(8)

  1. AD1200 – AD1205モンゴル高原の諸部族
  2. AD1206 – AD1217クリルタイ。諸部が一人の下にまとまる
  3. AD1218 – AD1220西夏と金を攻め、西へ向かう
  4. AD1221 – AD1233ホラズムを滅ぼす。中央アジアが版図に入る
  5. AD1234 – AD1239金を滅ぼし、華北を完全に押さえる
  6. AD1240 – AD1257バトゥの西征。ルーシ諸公国を従える
  7. AD1258 – AD1258バグダードが陥ちる。ひとつの帝国としての最大
  8. AD1259 – AD1278高麗が服属する

この国の人物(1)

チンギス・ハンAD1162年頃–AD1227年

本文

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動画(2)

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Mongols: Fall of Khwarezm - Battles of Parwan and Indus DOCUMENTARYKings and Generals中央アジアの征服が地図の上でどう進んだかを、会戦ごとに追える
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