物語

『砂糖の世界史』で読む世界商品

出てくるできごと AD1526 – AD1845
できごと 7
この物語に出てくる図版:Slave Auction Ad
この物語に出てくる大西洋奴隷貿易から。Slave Auction Ad Wikimedia Commons Unknown author Unknown author · Public domain

概要

一つの白い粒を追いかけると、カリブの奴隷とイギリスの朝食と産業革命が一本につながる。

この物語について

一さじの砂糖は、どこから来たのか。カリブ海の島のサトウキビ畑と、イギリスの工場の朝食が、なぜ一本の話になるのか。

『砂糖の世界史』(川北稔、1996年)は、中学生にも読めるように書かれた薄い本になる。それでいて、世界システム論の考え方をそのまま伝えている。著者はイギリス近代史の研究者で、イマニュエル・ウォーラーステインの『近代世界システム』を日本語に訳した人でもある。砂糖と権力の関係を論じたアメリカの人類学者シドニー・ミンツの研究も、この本の下敷きになっている。世界のある場所の豊かさと、別の場所の貧しさを、一つの仕組みの両面として見る。その見方を、身近な白い粒一つで示したのがこの本である。

サトウキビの原産地は、ニューギニアのあたりとされる。そこから東南アジアとインドへ広がり、インドで搾った汁を煮詰めて固める技術が生まれた。砂糖を意味するヨーロッパの言葉は、サンスクリット語にまでさかのぼる。栽培と精製の技術は、イスラーム世界を通って西へ伝わり、地中海の島々やイベリア半島でも作られるようになった。中世のヨーロッパで、砂糖は貴重な薬であり、香辛料と同じく王侯の贅沢品だった。

砂糖が大西洋に出ていくのは15世紀である。ポルトガルはマデイラの植民ののち、この島でサトウキビを育て、さらにアフリカ沖のサントメ島では、アフリカから連れてきた人々を働かせて砂糖を作った。土地と、外から連れてきた労働力と、ヨーロッパの市場。のちに大西洋を覆う型が、ここで先に試されていた。コロンブスは二度目の航海でサトウキビの苗をカリブ海へ運んだ。16世紀には、1500年にカブラルが到達して以来ポルトガル領となったブラジルの北東部が、世界最大の砂糖の産地になる。

17世紀、舞台はカリブ海の島々に移った。1640年代、イギリス領のバルバドスでは、それまでのタバコ栽培がサトウキビに切り替わり、小さな農場が大農園にまとめられ、働き手はヨーロッパから来た年季奉公人からアフリカ人の奴隷に置き換わった。この急な変化は砂糖革命と呼ばれる。同じことがジャマイカで、フランス領のサン=ドマングで繰り返された。カリブの砂糖プランテーションの農園は、畑であると同時に工場だった。刈り取ったサトウキビは時間がたつと糖分が落ちるため、すぐに搾って煮詰めなければならない。収穫の季節には、圧搾機と釜が昼も夜も止まらなかった。

その労働を担ったのが、アフリカから運ばれた人々である。大西洋奴隷貿易で大西洋を渡らされた人は、1200万人あまりが船に乗せられ、1000万人あまりが生きて上陸したと推計されている。その多くが砂糖の農園に送られた。農園の過酷な労働で死ぬ者が多く、農園主は新しい奴隷を買い続けた。イギリスの港を出た船は、綿織物や銃や酒をアフリカへ運び、そこで人を積んでカリブへ渡り、砂糖を積んで帰ってくる。三角貿易と呼ばれるこの航路で、砂糖と奴隷は同じ仕組みの表と裏になった。

砂糖の行き先は、イギリスの食卓だった。17世紀の後半、中国の茶がイギリスの上流階級に入り、18世紀には庶民にまで広がる。茶もまた遠い国の産物で、広州の茶貿易を通して運ばれた。中国の茶にカリブの砂糖を入れる。イギリスではどちらも採れないのに、それが国民の飲み物になった。本は、この組み合わせこそが、イギリスが世界の中心に立ったことの証しだと見る。18世紀の100年の間に、イギリス人一人あたりの砂糖の消費は数倍に増えたとされる。かつて王侯の薬だったものが、貧しい家の台所にまで入った。値が下がったのは、カリブの農園が大量に作ったからであり、大量に作れたのは、奴隷の労働があったからである。

産業革命が始まると、砂糖入りの紅茶は工場で働く人々の朝食になった。パンと甘い紅茶なら、安く、すぐに熱量がとれ、眠気も覚める。決まった時刻に工場へ行き、機械に合わせて働く暮らしに、それは合っていた。甘い紅茶がなければ産業革命の労働はもたなかった、という言い方まで本はする。一方、奴隷貿易と砂糖の利益が産業革命の資金になったという議論は、のちにトリニダード・トバゴの首相となる歴史家エリック・ウィリアムズが1944年に唱えたもので、利益がどれほど大きかったかについては今も論争が続いている。

産業革命に関わる図版:Powerloom weaving in 1835
産業革命Wikimedia Commons Illustrator T. Allom, Engraver J. Tingle · Public domain

砂糖で富んだカリブの農園主たちは、本国に戻って屋敷を建て、議会に議席を得て、自分たちの利益を守る勢力になった。砂糖は、植民地の畑とロンドンの政治を直接につないでいた。

その仕組みにひびを入れたのは、奴隷にされた人々自身だった。同時に、本国の消費者の側からも声が上がった。1790年代のイギリスでは、奴隷が作った砂糖を買わないという運動が広がり、数十万人が加わったと伝えられる。砂糖を口にすることが、遠い島の奴隷制に加担することだと考えた人々がいたのである。18世紀の末、フランス領サン=ドマングは世界有数の砂糖の島だった。1791年、ここで奴隷たちが蜂起し、トゥサン・ルヴェルチュールらの指導のもとで戦い抜いて、1804年にハイチとして独立した。ハイチ革命は、奴隷が自らの手で国を作った初めての例である。イギリスでは奴隷貿易への反対運動が広がり、1807年に奴隷貿易が禁じられ、1833年のイギリスの奴隷制廃止法で植民地の奴隷制そのものが廃止された。このとき補償金を受け取ったのは、解放された人々ではなく、奴隷を失う農園主の側だった。解放された人々の多くは農園を離れ、働き手を失った農園主たちは、イギリス領インドから年季契約の労働者を呼び寄せた。トリニダードやガイアナにいまインド系の人々が多く暮らしているのは、この砂糖の歴史の名残である。

ハイチ革命に関わる図版:Incendie de la Plaine du Cap. Massacre des Blancs par les esclaves noirs révoltés. France militaire. Martinet et Masson
ハイチ革命Wikimedia Commons Aaron Martinet / Alphonse-Charles Masson · Public domain

砂糖の地位を揺るがしたものは、ほかにもあった。ナポレオンの大陸封鎖でカリブの砂糖が入りにくくなったフランスでは、テンサイから砂糖を作る産業が奨励された。イギリスでは、1846年の穀物法の廃止と同じ年に、植民地の砂糖を守ってきた関税の優遇も縮められ、自由貿易の時代に入る。カリブの島々は、もはや特別な島ではなくなった。

一つの作物に頼る土地は、その作物とともに浮き沈みする。砂糖の島は、食べるものを外から買い、砂糖の値に暮らしを預けた。19世紀半ばのアイルランドのジャガイモ飢饉では、ジャガイモに頼りきっていた人々が、病気の流行で主食を失い、100万人ほどが死に、さらに多くが国を出た。何を作り、何を食べるかが、世界の市場によって決まる。その危うさは、砂糖の島とアイルランドに共通していた。

アイルランドのジャガイモ飢饉に関わる図版:Skibbereen by James Mahony, 1847
アイルランドのジャガイモ飢饉Wikimedia Commons James Mahony · Public domain

本は「世界商品」という言葉で、同じ型を他の品にも当てる。世界のどこでも欲しがられ、どこか遠い場所で、安い労働で大量に作られる品である。茶、綿、イエメンのモカの港から広がったコーヒー、そして石油。そのどれもが、作る土地と使う土地を分け、その間に富の差を生んできた。いま私たちが当たり前に口にしている砂糖の安さは、この500年の歴史の終着点にある。

この物語は、本が追った流れを並べ直したものになる。本文は写していない。

動画(1)

【オーディオブック/朗読】砂糖の世界史オーディオブック配信audiobook.jp本の冒頭を著者の文章のまま聞ける(出版社系の配信)

この物語が起きた場所

筋(7)

年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。

  1. 大西洋奴隷貿易できごと1526年砂糖と奴隷は同じ仕組みの表と裏1200万人以上がアフリカから大西洋を越えて運ばれた。三つの大陸の人口と社会が、この一つの流れで作り替えられる。ベニンシティ
  2. カリブの砂糖プランテーションできごと1640年本の中心小さな島が、世界で最も利益の出る土地になった。砂糖のために数百万人が大西洋を運ばれ、ヨーロッパの食卓に甘さが日常として入る。工場に似た労働の管理も、ここで先に生まれた。バルバドス(位置は特定されていない)
  3. 広州の茶貿易できごと1700年砂糖入りの紅茶という習慣イギリスが飲む茶の代金として、銀が中国へ流れ続けた。その流れを逆にするために持ち込まれたのがアヘンになる。飲み物の習慣が、戦争の理由になった。広州
  4. 産業革命できごと1760年労働者の朝食が変わる石炭と蒸気で、人と家畜の力に頼らない生産が始まった。人類の暮らしが根本から変わる。マンチェスター
  5. ハイチ革命できごと1791年砂糖の島の革命奴隷が蜂起して独立を勝ち取った、史上唯一の例。人権の理念を掲げた本国が、それを植民地に認めなかった矛盾を突いた。ポルトープランス
  6. イギリスの奴隷制廃止法できごとAD1833年8月28日帝国の大半で奴隷制を廃止した。奴隷ではなく所有者に2000万ポンドの補償を払い、国はその借金を2015年まで返し続けた。ロンドン
  7. アイルランドのジャガイモ飢饉できごと1845年一つの作物に頼ることの危うさアンデス原産の作物と、アメリカから来た疫病菌が、島の人口を四分の一減らした。飢えた年も、食料は輸出され続けている。ダブリン

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