Person / 人
タイトゥ・ベトゥル
Taytu Betul
AD1851年頃 – AD1918年2月11日(享年67・推定)
AD1851時点:存命
メネリク2世の皇后。アドワでは自分の兵5000を率い、イタリア軍の水源を断つ作戦を進言した。ウッチャリ条約のイタリア語版の詐術に最も強く反対した。アディスアベバ(「新しい花」)の名をつけ、都の場所を選んだ。1907年、メネリクが病に倒れると事実上の支配者になり、1910年に貴族に追われて修道院に退いた。
出てくるストーリー
女性の権利→
人口の半分が、参政権を得るまでに文明の歴史のほとんどを要した。
できごと51・人物70