『黒い皮膚・白い仮面』で読む植民地の心

概要
支配される側が、支配する側の目で自分を見てしまう。27歳の精神科医が書いた最初の本。
この物語について
支配される側が、支配する側の目で自分を見てしまうことがある。それは個人の弱さなのか、それとも支配という仕組みが心の中にまで入り込んだ結果なのか。
『黒い皮膚・白い仮面』(フランツ・ファノン、1952年、日本語版1970年)は、著者が27歳のときに書いた。医学の博士論文として提出して却下され、そのまま本になった。著者のフランツ・ファノンは、1925年、カリブ海のフランス領マルティニーク島で生まれた。島の人々の多くは、大西洋奴隷貿易で連れてこられたアフリカ人の子孫である。フランスで奴隷制が最終的に廃止されたのは1848年で、ファノンが生まれたとき、それはまだ祖父母の世代の記憶の届く過去だった。

ファノンは、自分をフランス人だと思って育った。その思い込みが最初に揺らいだのは、大戦中のことである。フランスがドイツに降伏したあと、マルティニークにはドイツに協力する政府の側についた艦隊の水兵が大勢とどまり、島の人々をあからさまに見下した。学校ではフランスの歴史を「われらの祖先」の歴史として学び、フランス語を正しく話すことが教養の証しとされた。高校では、詩人で政治家のエメ・セゼールに教わっている。セゼールは、アフリカに由来する黒人の文化と経験に誇りを取り戻そうとするネグリチュードの運動を起こした一人だった。
第二次世界大戦が始まると、ファノンは島を出て、ドイツと戦う自由フランスの軍に志願した。北アフリカを経てヨーロッパの戦線に送られ、負傷して勲章を受けている。だが戦場で彼が知ったのは、同じ軍服を着ていても、黒人の兵は白人の兵と同じには扱われないということだった。大戦が終わった1945年5月、フランスの植民地アルジェリアのセティフでは、独立を求める人々の行進をきっかけに暴動が起き、フランスの軍と入植者による報復で多くの住民が殺された。セティフの虐殺である。祖国を救うために戦った植民地の人々に、祖国が向けたものが何だったか。この出来事は、のちのアルジェリアの独立戦争の遠い起点とされる。
戦後、ファノンはフランスのリヨンで医学と精神医学を学んだ。そこで、マルティニークでは意識せずにすんだことに、毎日のように向き合うことになる。フランス本土では、彼はまず何よりも「黒人」として見られた。この本は、その経験を、精神科医としての言葉で分析しようとした試みである。だが文章は、学術論文の枠に収まらなかった。詩の引用、皮肉、怒り、自分自身の体験が、分析の言葉と入り混じる。論文として認められなかったのは、そのためでもあったと考えられている。
扱うのは、植民地支配が人の内面に何をするかになる。
第1章は言語から始まる。マルティニークの人がフランス語を正しく話せば話すほど、白人に近いとみなされる。島に帰ってきた者は、本土仕込みの発音で話し、島の言葉を使わなくなる。言葉を身につけるとは、その言葉を持つ世界の見方を身につけることでもある。その世界の見方の中では、白いことが文明で、黒いことが未開だった。書名の意味もここにある。黒い皮膚の上に、白い仮面をかぶる。白人の言葉と価値観を身につけることで認められようとしながら、皮膚の色によって押し戻される。その引き裂かれた状態を、ファノンは病としてではなく、植民地という状況が生む必然として描いた。
続く章で、ファノンは恋愛と結婚を取り上げる。白人の相手に選ばれることで、自分の価値を確かめようとする心の動きを、実在の小説や手記を材料に分析する。さらに、マダガスカルの植民地支配を論じたフランスの学者が、支配される側にはもともと依存したがる心理があると論じたことに、正面から反論した。依存の心理は生まれつきのものではなく、植民地の状況が作り出したものだ、と。
ファノンは、師であるセゼールらのネグリチュードにも距離を置いた。フランスの哲学者サルトルは、黒人の詩人たちの詩集に寄せた文章で、ネグリチュードを、やがて乗り越えられるべき一つの段階として位置づけた。ファノンはこれに深く傷ついたと書いている。自分たちの経験が、白人の哲学の筋書きの中の一つの通過点にされてしまったからである。かといって、黒人の過去の栄光に閉じこもることも、彼の答えではなかった。本の後半では、精神分析の理論を黒人の経験に当てはめ直し、ヘーゲルが描いた主人と奴隷の関係を引いて、承認をめぐる問題として論じている。
有名な場面がある。汽車の中で子どもが「ママ、黒んぼだ」と言う。その一言で、自分が自分の身体を、外側から与えられた像として意識してしまう。著者はそれを、内側から書いた。周りの視線が、自分の身体に、自分のものではない物語を貼りつける。逃げようとしても、皮膚は脱げない。この章は、本の中で最も多く引かれる部分になった。
結論は、被害を訴えることではない。過去に閉じ込められることを拒み、白人も黒人も、その役から降りるべきだ、という呼びかけになる。ファノンは、奴隷制の過去への償いを求めることにも、黒人の過去の栄光を誇ることにも、自分を縛らせないと書いた。本は、自分の身体に向かって、いつも問い続ける人間であらせてほしい、と願う短い祈りで終わる。
本を出した翌年、ファノンはアルジェリアのブリダの精神病院に医長として赴任した。1954年にアルジェリア戦争が始まると、彼の病院には、拷問を受けた側のアルジェリア人も、拷問をした側のフランスの警官も、心を病んで運ばれてきた。1956年、ファノンは辞職し、独立を求める民族解放戦線に加わった。病院では、患者を拘束するのではなく、作業や集まりを通じて社会とのつながりを取り戻させる治療を試みていた。だが、植民地の暴力そのものが心を壊しているのに、病院の中だけで治すことはできない、と彼は考えるようになった。
9年後、著者は『地に呪われたる者』を口述して死ぬ。心の分析から、植民地体制そのものへ、対象が移っていく。白血病で1961年12月に36歳で亡くなり、遺体は彼の望みどおりアルジェリアに葬られた。アルジェリアが独立したのは、その翌年である。後の本については物語「『地に呪われたる者』で読む脱植民地」で読める。二冊の間の距離は大きい。最初の本で、ファノンはまだ、一人ひとりの心の中で起きることを、医師として丁寧に書き分けていた。最後の本では、植民地の暴力に対する暴力の意味を正面から論じることになる。
ファノンの本は、カリブ海の島から始まった問いを、世界中の植民地と旧植民地に開いた。アメリカの黒人の運動、アフリカの独立、のちのポストコロニアルと呼ばれる研究に至るまで、この本は読み継がれている。本が広く読まれるようになったのは、著者の死後、1960年代以後のことである。英語に訳されると、アメリカで人種の問題を考える人々の間で読まれ、さらに文学や文化の研究で、支配と自己像の関係を論じる出発点の一つになった。ハイチ革命から始まる、支配された人々が自分の言葉で自分を語り直す長い流れの中に、この本は置かれている。

この物語は、本の背景にあるできごとを並べたものになる。本文は写していない。
動画(2)
この物語が起きた場所
筋(5)
年代順に並べてあります。役どころが書いてあるものは、なぜこの物語に含まれるかを添えました。
- 大西洋奴隷貿易できごと1526年1200万人以上がアフリカから大西洋を越えて運ばれた。三つの大陸の人口と社会が、この一つの流れで作り替えられる。ベニンシティ

- ハイチ革命できごと1791年奴隷が蜂起して独立を勝ち取った、史上唯一の例。人権の理念を掲げた本国が、それを植民地に認めなかった矛盾を突いた。ポルトープランス

- フランツ・ファノン人物AD1925年7月20日 – AD1961年12月6日著者。27歳のときの本カリブ生まれの精神科医。アルジェリアの病院で拷問する側とされる側の両方を診て、植民地支配が人の心を壊す仕組みを書いた。36歳で死ぬ。
- セティフの虐殺できごとAD1945年5月8日著者が兵として戻る途中に起きたヨーロッパの戦勝を祝う日に、独立を求める旗が掲げられ、発砲があった。報復で数千人から数万人が殺される。アルジェリア戦争の起点として記憶されている。セティフ
- アルジェリア戦争できごと1954年9年後、著者はこの側に立つ入植者が100万人いた土地の独立戦争。拷問の告発がフランス国内を割り、第四共和政が倒れた。アルジェ
重なっているストーリー
同じできごとや人物を含む物語です。何件を共有しているかを添えました。
『地に呪われたる者』で読む脱植民地5件を共有 / 植民地支配が人の心に何をするかを、精神科医が診察室から書いた。36歳で死ぬ年に口述された本。主権はだれのものか3件を共有 / 王が決めるのか、議会が決めるのか、国民が決めるのか。800年かけて答えが動いた。帝国と独立2件を共有 / 数十年で世界の大半が数か国のものになり、また数十年で戻った。『砂糖の世界史』で読む世界商品2件を共有 / 一つの白い粒を追いかけると、カリブの奴隷とイギリスの朝食と産業革命が一本につながる。交易路とお金1件を共有 / 運ぶ/両替する/貸す。人と物が動くところには、いつも同じ仕組みが生えてくる。考えることの歴史1件を共有 / 同じ数百年のあいだに、ギリシアでも中国でもインドでも、人が根本から考え直した。『サピエンス全史』で読む歴史1件を共有 / ハラリが人類史を三つの革命で切った本。その筋に沿って、このデータベースの項目を並べ直す。『銃・病原菌・鉄』で読む歴史1件を共有 / なぜ征服したのがスペイン人で、されたのがインカだったのか。ダイアモンドは答えを人ではなく大陸の形に求めた。『国家はなぜ衰退するのか』で読む歴史1件を共有 / 国境をひとつ挟んで豊かさが違うのは、地理でも文化でもなく制度のせいだ、という本。2024年のノーベル経済学賞の元になった。『文明崩壊』で読む歴史1件を共有 / イースター島、マヤ、グリーンランドのノルウェー人。環境を使い尽くした社会と、そうしなかった社会。『大分岐』で読む歴史1件を共有 / 1800年まで、長江下流とイングランドは同じくらい豊かだった。分かれたのは石炭と植民地のせいだ、という本。『暴力の人類史』で読む歴史1件を共有 / 人が人を殺す率は、狩猟採集の時代から今まで、長い目で見ればずっと下がってきた、という本。反論も多い。『負債論』で読む歴史1件を共有 / お金は物々交換の不便から生まれた、という話は史料に無い。先にあったのは借りのほうだ、という本。『想像の共同体』で読む歴史1件を共有 / 国民とは、会ったこともない人を同じ仲間だと思える想像力のことだ、という本。『1491』『1493』で読む新大陸1件を共有 / コロンブス以前のアメリカは人の少ない原野ではなかった。以後の世界は、生き物の大移動でできている。『近代世界システム』で読む歴史1件を共有 / 国ごとの発展を比べるのをやめる。16世紀からずっと、世界は一つの分業の仕組みとして動いてきた、という本。『収奪された大地』で読むラテンアメリカ1件を共有 / 500年の歴史を、何が持ち去られたかで書く。金、銀、砂糖、ゴム、コーヒー、銅、石油。海の歴史1件を共有 / 海は人と物と病と戦争を運び、人はその海を測り、守り、汚してきた。