Person / 人
正岡子規
Masaoka Shiki
AD1867年10月14日 – AD1902年9月19日(享年34)
AD1867時点:存命
松山の生まれ。俳句と短歌を「写生」で作り直し、「月並み」を退けた。結核で脊椎が崩れ、寝たきりで『病牀六尺』を新聞に書いた。「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」。野球を愛し、「ベースボール」を「野球」と訳した一人。34歳。
出てくるストーリー
表現の歴史→
書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。
できごと125・人物92
明治→
藩を消し、身分を消し、40年で列強と戦えるところまで作り替えた。その代償も含めて。
できごと35・人物31