Event / できごと
ジャワの強制栽培制度
Cultivation System in Java · AD1830年
東南アジアAD1830時点:進行中
ジャワ戦争(1825〜30年)とベルギー独立で財政が傾いたオランダが、総督ファン・デン・ボスの案で、ジャワの村に、耕地の5分の1でコーヒー・砂糖・藍を作り、政府に決まった値で売ることを課した。実際には5割を超える村も、田が減って飢えた村もあった。オランダ本国の歳入の3分の1がジャワから来た年がある。1860年、『マックス・ハーフェラール』が告発し、1870年に緩んだ。
場所
プリアンガン(西ジャワ)
-6.92°N 107.61°E
インドネシア
関わった人
出てくるストーリー
交易路とお金→
運ぶ/両替する/貸す。人と物が動くところには、いつも同じ仕組みが生えてくる。
できごと128(BC2400 – AD2008)・人物25・国19
帝国と独立→
数十年で世界の大半が数か国のものになり、また数十年で戻った。
できごと145(BC879 – AD2002)・人物75・国48
表現の歴史→
書いた人、描いた人、作った人。政治と戦争のあいだに、ずっと別の営みがあった。
できごと125(BC15000 – AD1973)・人物92