できごと

COVID-19の世界的流行

COVID-19 pandemic
2020年 – 2023年
期間を持つできごと重要度 5
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っている2020年の版図を描いています(24勢力)。

概要

世界が同時に止まった。スペイン風邪から100年、人の移動の速さがそのまま感染の速さになった。

場所

武漢
30.59°N 114.31°E · 中国・湖北省

本文

2019年の暮れ、中国の湖北省武漢で、原因の分からない肺炎の患者が相次いで見つかった。年が明けてまもなく、それが新しいコロナウイルスによるものだと分かる。ウイルスは数か月のうちに世界中へ広がり、2020年から2023年にかけて、世界の多くの国が同時に止まった。

最初の数週間は、情報が追いつかなかった。12月31日、武漢の保健当局が原因不明の肺炎の集団発生を公表し、世界保健機関(WHO)にも報告された。それに先立って、異変に気づいて仲間に知らせた医師たちは、デマを広めたとして警察に訓戒された。その一人、李文亮医師は、のちに自らも感染して2月に亡くなっている。1月上旬にはウイルスの遺伝子の配列が読み取られ、1月11日には世界に公開された。人から人へうつることを中国当局が認めたのは、1月20日のことだった。

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Wikimedia Commons Our World In Data · CC BY 4.0

1月23日、中国は人口1千万を超える武漢の町を封鎖した(武漢の封鎖)。だがその時には、春節の帰省で多くの人がすでに町を出ていた。ウイルスは航空機に乗って各国へ渡り、2月には横浜に入港したクルーズ船の中で大規模な集団感染が起き、イタリア北部では病院があふれた。3月11日、WHOは世界的な大流行、パンデミックの状態にあると表明した。

ウイルスの出どころは、いまも決着していない。動物から人へうつったとする見方が有力で、早い時期の患者の多くが武漢の生鮮市場と関わっていたことがその根拠に挙げられる。一方で、武漢にコロナウイルスを研究する施設があったことから、研究所から漏れたのではないかという疑いも根強い。WHOが送った国際調査団の調べも、中国側の協力が限られたこともあり、はっきりした結論には至らなかった。

スペイン風邪との違いは、まず速さだった。100年前、感染は船と鉄道の速さで動いた(スペイン風邪)。今回は、航空機の速さで動いた。世界のどこかで出た患者は、数日のうちに地球の反対側の都市に現れた。症状の出ない人や軽い人も他人にうつすことが、広がりをいっそう止めにくくした。

スペイン風邪に関わる図版:Emergency hospital during Influenza epidemic, Camp Funston, Kansas - NCP 1603
スペイン風邪Wikimedia Commons Otis Historical Archives, National Museum of Health and Medicine · Public domain

世界が同時に止まった。2020年の3月から4月にかけて、多くの国が外出を制限し、店を閉め、国境を閉ざした。インドでは13億の人々に一斉に外出禁止が命じられた。ユネスコによれば、最も多い時には世界の16億人を超える子どもや学生が、学校の閉鎖で通えなくなった。夏に予定されていた東京オリンピックは1年延期され、2021年に観客を入れずに開かれた(無観客の東京オリンピック)。これほどの規模で、世界中の人が一斉に動きを止めた例は、歴史上ほとんど無い。

人々の暮らしの形も変わった。職場に行かずに家から画面越しに働く人が増え、授業や会議や診察が画面の上に移った。一方で、病院、介護、物流、店の現場で働く人々は、家にこもることができず、危険にさらされながら社会を支えた。誰が家にとどまれ、誰がとどまれないかという違いが、そのまま感染の危険の違いになった。

発生源とされる武漢華南海鮮卸売市場の空撮。左手に見えるのが正面玄関。消毒チームが付近の消毒を行っている(2020年3月4日撮影)。
発生源とされる武漢華南海鮮卸売市場の空撮。左手に見えるのが正面玄関。消毒チームが付近の消毒を行っている(2020年3月4日撮影)。Wikimedia Commons Chinanews.com / China News Service · CC BY 3.0

もう一つの違いが、対応の速さだった。遺伝子の配列が公開されてから、ワクチンの臨床試験が始まるまでわずか2か月ほど。2020年12月には、イギリスで実際の接種が始まった(mRNAワクチンの接種開始)。ウイルスの一部を作る設計図をそのまま体に入れるmRNAという新しい方式が、ここで初めて広く実用化された。この方式の土台を何十年もかけて築いたカタリン・カリコとドリュー・ワイスマンは、2023年のノーベル生理学・医学賞を受けた。天然痘の予防法が見つかってから広く行き渡るまでに長い年月がかかったこと(ジェンナーの種痘)を思えば、驚くべき速さである。

同時に、格差が見えた。豊かな国々は開発の段階からワクチンを大量に買い押さえ、国民に二度、三度と接種を進めた。一方で、低所得の国々には長く行き渡らなかった。2021年の末になっても、低所得国で一度でも接種を受けた人は、人口のごく一部にとどまっていた。ワクチンを公平に分けるための国際的な枠組みも作られたが、供給は追いつかなかった。ウイルスは、接種の進まない地域で変異を重ね、デルタ株、オミクロン株と、より広がりやすい形になって再び世界を巡った。

医薬品を使わない介入 (NPI) による集団感染緩和策 (Community Mitigation)(1) 流行のピークを遅延させる (2) ピーク時の医療への負荷を下げるために曲線を平坦化する (3) 感染者数と健康への影響を減らす。
医薬品を使わない介入 (NPI) による集団感染緩和策 (Community Mitigation)(1) 流行のピークを遅延させる (2) ピーク時の医療への負荷を下げるために曲線を平坦化する (3) 感染者数と健康への影響を減らす。Wikimedia Commons https://stacks.cdc.gov/Content%20and%20Copyright · Public domain

情報もまた、ウイルスのように広がった。ウイルスや治療やワクチンについての誤った情報が、SNSを通じて瞬く間に拡散した。マスクを着けるかどうか、店を閉めるかどうかが、科学の問題であると同時に、政治の対立の印にもなった。

経済への打撃も大きかった。2020年の世界経済は、第二次世界大戦の後で最も大きく縮んだとされる。各国の政府は、企業と家計を支えるために巨額のお金を使った。その後、需要が戻ると物流の混乱と重なって物の値段が上がり、世界中でインフレが起きた。

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Wikimedia Commons Dipartimento Protezione Civile from Italia · CC BY 2.0

死者の数は、数え方によって大きく変わる。各国がWHOに報告した死者は、およそ700万人に達した。だが、検査を受けずに死んだ人や、医療の崩壊で他の病気の治療を受けられずに死んだ人は、この数に入らない。平年と比べてどれだけ多く人が死んだかという「超過死亡」で見ると、WHOの推計では2020年と2021年の2年間だけで約1500万人にのぼり、公式の統計の2倍から3倍になる。

2023年5月、WHOは緊急事態の終わりを宣言した。ウイルスが消えたのではなく、ワクチンと、多くの人がかかって得た免疫によって、社会が付き合い方を見つけたということである。黒死病からスペイン風邪、そしてこのパンデミックへ。人の移動が速く広くなるほど、病もまた速く広く動く。この経験は、次に来る大流行への備えとして、いまも検証が続けられている。

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