フェルナン・ブローデル
概要
ドイツの捕虜収容所で、記憶だけを頼りに主著を書き上げた。事件ではなく、山と海と気候がつくる「ほとんど動かない時間」から歴史を見る。
関わったできごと(1)
『地中海』の刊行AD1949年 · 著者本文
1902年、フランス東部ムーズ県の小さな村に生まれた。父は数学の教師だったが、幼いころは村の祖母の家に預けられて育った。畑仕事、井戸、季節ごとに変わる村の暮らし。のちに彼は、自分は農民の子として育ったと言い、ゆっくりとしか変わらない農村の時間を体で知ったことが、歴史の見方の土台になったと語っている。

パリの高校とソルボンヌで歴史を学び、1923年、20歳で中等教育の上級教員資格に合格した。最初の赴任先は、当時フランス領だったアルジェリアだった。コンスタンティーヌとアルジェの高校で、およそ10年教えた。北アフリカの側から地中海を眺めた日々が、のちの仕事を決めた、と本人は書いている。
最初に選んだ研究の主題は、スペイン王フェリペ2世の地中海政策という、外交史のありふれた題だった。彼はスペインやイタリアの文書館を回り、手に入れたばかりの古い映画用のカメラで史料を撮りためた。だが調べるほど、王の決定よりも、海そのもの、山と平野、季節風、小麦とオリーブ、船と道のほうが大きく見えてきた。

1935年からブラジルのサンパウロ大学で教えた。新しい大学を作るためにフランスから招かれた若い学者の一人で、同じころ人類学者レヴィ=ストロースもいた。1937年、フランスへ帰る船で、歴史学の雑誌アナールを創刊したリュシアン・フェーヴルと乗り合わせた。長い航海の間に二人は親しくなり、フェーヴルは彼を息子のように扱った。主題をフェリペ2世ではなく地中海にせよ、と背中を押したのもフェーヴルだったとされる。
1939年、戦争が始まると砲兵将校として動員され、1940年6月、フランスが降伏したときにドイツ軍の捕虜になった(第二次世界大戦)。ドイツ西部マインツの将校収容所、のちに北部リューベックの、扱いの厳しい収容所に移された。捕虜生活は5年に及んだ。
収容所には文書館も図書館も無い。彼は記憶と、わずかな本と、それまでのノートだけを頼りに、地中海の歴史を学校のノートに書き続けた。書き上げた分はフェーヴルのもとへ郵便で送った。収容所の仲間たちに講義をしながら考えを練ったという。のちに彼は、事件の短い時間を拒んだのは、捕虜として毎日のニュースに一喜一憂することから身を守るためでもあった、と振り返っている。
戦後、草稿を博士論文にまとめ、1949年に『フェリペ2世時代の地中海と地中海世界』として刊行した(『地中海』の刊行)。全体は三部に分かれる。第一部は、山、平野、海、気候といった、ほとんど動かない環境の歴史。第二部は、経済、人口、国家、社会といった、数十年の単位でゆっくり動く歴史。第三部が、戦争や外交、レパントの海戦のような事件の歴史である。事件は、深い潮の流れの上に立つ泡にすぎない、と彼は書いた。この「長期持続」の考え方は、政治と戦争と偉人を中心にしてきた歴史学を大きく変えた(物語「『地中海』で読む歴史」)。

1956年にフェーヴルが死ぬと、彼はアナール誌の編集と、高等研究院第6部門の長を引き継いだ。歴史学、経済学、社会学、人類学、地理学の研究者を一つの場に集め、やがて人文社会科学の研究拠点「人間科学館」を作った。若い研究者を世界中から招き、資金を集め、フランスの歴史学の中心に立った。彼の周りに集まった人々は、アナール学派の第二世代と呼ばれる。
もう一つの大著が『物質文明・経済・資本主義』である。15世紀から18世紀の世界を、三つの階に分けて描いた。いちばん下は、人々が食べ、着て、住む日常の暮らし。その上に、市場での交換。いちばん上に、遠隔地の大商人や金融業者の世界、彼の言う資本主義がある。資本主義は市場経済そのものではなく、その上で独占と特権を求める少数者の営みだ、という見方は、のちのウォーラーステインの世界システム論に影響を与えた。
人柄は、温かく、話好きで、同時に頑固だったと伝えられる。研究者を育てる力は大きかったが、学問の組織の上に長く君臨したことへの反発もあった。事件や人間の意志を軽く扱いすぎる、政治や思想が抜け落ちている、という批判も受けた。
晩年は、同じ方法で自分の国を書こうとした。『フランスのアイデンティティ』である。1984年にはアカデミー・フランセーズの会員に選ばれた。だが仕事半ばの1985年11月27日、アルプスに近いオート=サヴォワ県の別荘で死んだ。83歳だった。書きかけの原稿は翌年に出版されたが、計画の一部にとどまっている。
捕虜収容所のノートから生まれた本は、海を主人公にした歴史として、いまも読み継がれている。人間の時間を、山の時間、潮の時間、泡の時間に分けて見るという彼の問いかけは、気候や環境の歴史を考える現代の研究にもつながっている。