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Event / できごと

イギリスの奴隷制廃止法

Slavery Abolition Act
AD1833年8月28日
重要度 5

概要

帝国の大半で奴隷制を廃止した。奴隷ではなく所有者に2000万ポンドの補償を払い、国はその借金を2015年まで返し続けた。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

本文

奴隷貿易は1807年に禁じられていた。 買うことは禁じたが、既に持っている奴隷はそのままだった。

26年かけて、それも終わった。 1833年8月の法で、翌年8月から帝国の大半で奴隷制が廃止された。 ただしインドとセイロンは除かれ、 「徒弟」という名で元の主人のもとに数年縛る仕組みが付いていた。

所有者には2000万ポンドが払われた。 当時の国家予算の4割にあたる。 奴隷だった人には何も払われていない。 国はこの補償のための借金を、2015年まで返し続けた。

ジャマイカで1831年に起きた大きな反乱が、法を急がせたとされる。 議会の中では、ウィルバーフォースが死の3日前に成立を知った。

『繁栄』は、この廃止を化石燃料と結びつける。 石炭が人の代わりに働けるようになったとき、奴隷は要らなくなった、という筋になる。 そう単純ではない、という反論も同じくらいある。

出典(3)

マット・リドレー(大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之 訳) 繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史第7章 奴隷の解放
カール・ポランニー(野口建彦、栖原学 訳) 大転換 市場社会の形成と崩壊第10章(自己調整的市場という理念)
川北稔 砂糖の世界史第9章

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