概要
アフリカの植民地が次々に独立するなか、イギリスは南ローデシアに、多数派の黒人が政治に加わることを独立の条件とした。人口の一割に満たない白人の政府は、これを拒む。1965年11月11日、首相イアン・スミスは、イギリスからの独立を一方的に宣言した。どの国も承認せず、国連は経済の制裁を科したが、隣の南アフリカなどの支えで、白人の支配は十五年続く。黒人の解放勢力とのゲリラ戦で、数万人が死んだ。
場所
ハラレ
-17.83°N 31.03°E · ジンバブエ
-17.83°N 31.03°E · ジンバブエ
本文
多数派の条件。
アフリカの植民地が次々に独立するなか。
(1)イギリスは南ローデシアに、多数派の黒人が政治に加わることを、独立の条件とした。
(2)そして、人口の一割に満たない白人の政府は、これを拒んだ。
1965年11月11日。
首相イアン・スミスは、イギリスからの独立を一方的に宣言した。
(1)どの国も承認しなかった。
(2)そして、国連は経済の制裁を科した。
十五年の支配。
隣の南アフリカなどの支えで、白人の支配は十五年続いた。
黒人の解放勢力とのゲリラ戦で、数万人が死んだ。
残ること。
少数派が、独立の名で支配を守ろうとした。
アパルトヘイトの終結の南アフリカと同じく、その支配は力と制裁の中で崩れた。次がジンバブエの独立である。