概要
ケニアの高地の肥えた土地は、白人の入植者のものになっていた。土地を奪われたキクユの人びとの反乱を、イギリスは十年近く力で抑え、数万人を収容所に入れた。反乱の指導者とされて投獄されたジョモ・ケニヤッタは、釈放されると独立の交渉の中心に立つ。1963年12月12日、ケニアは独立し、ケニヤッタが首相、のちに大統領となった。彼は入植者に報復せず、和解を説いた。だが土地は、新しい支配層の手に集まっていった。
場所
ナイロビ
-1.29°N 36.82°E · ケニア
-1.29°N 36.82°E · ケニア
本文
奪われた高地。
ケニアの高地の肥えた土地。
(1)白人の入植者のものになっていた。
(2)そして、土地を奪われたキクユの人びとの反乱を、イギリスは十年近く力で抑えた。〈——マウマウ団の反乱。〉
(3)さらに、数万人を収容所に入れた。
投獄された指導者。
反乱の指導者とされて投獄されたジョモ・ケニヤッタ。
(1)釈放されると、独立の交渉の中心に立った。
(2)そして、1963年12月12日、ケニアは独立した。
(3)さらに、ケニヤッタが首相、のちに大統領となった。
残ること。
彼は入植者に報復せず、和解を説いた。
だが土地は、新しい支配層の手に集まっていった。独立は、支配する者の顔を変えたが、土地の偏りは変えなかった。