トマス・モア『ユートピア』
概要
「どこにもない場所」。私有財産がなく、6時間働き、金を便器に使う島。羊が人を食うイングランドの囲い込みを、その島から批判した。書いた人は王の大法官になり、王に首を斬られた。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
トマス・モアAD1478年2月7日–AD1535年7月6日 · 著者本文
1515年の春、ロンドンの法律家トマス・モアは、国王ヘンリー8世の使節団の一人としてフランドルへ渡った。イングランドの羊毛と毛織物の取引をめぐる交渉のためである。交渉は長引き、途中で中断した。そのあいだにモアはアントウェルペンを訪れ、エラスムスの友人で市の書記を務めていたピーテル・ヒレスと親しくなった。この滞在の暇に書き始められたのが『ユートピア』である。
本の中のモアは、ヒレスの紹介で一人の老いた旅人に出会う。名はラファエル・ヒュトロダエウス。アメリゴ・ヴェスプッチの航海に加わり、新大陸の先でユートピアという島に5年暮らしてきた、と語る。もちろん架空の人物で、姓はギリシア語で「たわごとの達人」といった意味になる。島の名ユートピアも、ギリシア語の「ウ・トポス(どこにもない場所)」から作った言葉で、「エウ・トポス(良い場所)」とも響く。モアは本のあちこちに、こうした言葉遊びを仕込んだ。島の首都アマウロートゥムは「霧の都」、そこを流れるアニュドルス川は「水のない川」。霧の都はロンドンを、川はテムズを思わせる。
本は2巻からなる。モアは先に、島の制度を語る第2巻をフランドルで書き、帰国してから、イングランドの現状を論じる第1巻を書き足したとされる。第1巻でヒュトロダエウスは、イングランドでは「羊が人を食う」と言う。羊毛がもうかるので、地主は畑を囲い込んで牧場にし、農民を追い出す。土地を失った人々は浮浪者になり、食べるために盗む。そして盗みの罪で次々に絞首刑にされる。盗まなくても生きていける道を作らずに、ただ吊るしても盗みは減らない、と彼は論じる。後の時代の囲い込みにつながる囲い込みの問題を、これほど鋭く描いた文章は当時ほかにない。

第2巻が描く島には、54の都市がある。私有財産はなく、人々は必要なものを共同の倉から受け取る。誰もが農業と手仕事に就くが、働くのは一日6時間で、残りの時間は学問や音楽、語らいにあてられる。食事は大きな食堂でともにとり、家は10年ごとにくじで住み替える。金や銀は値打ちのないものとされ、便器や罪人の鎖に使われる。宝石は子どもの玩具である。金の飾りをまとってやってきた外国の使節が、子どもに「あの人は奴隷なのか」と笑われる場面は、この本の中でもよく知られている。
宗教は自由で、太陽を拝む者も、月を拝む者も、唯一の神を信じる者もいる。ただし、魂の不滅を信じない者は公職に就けない。不治の病で苦しむ者には、司祭や役人が死を選ぶことを勧める。結婚の前には、男女がたがいの裸の姿を確かめる。馬を買うときでさえ鞍を外して見るのだから、という理屈である。戦争は嫌うが、必要なら外国の傭兵を雇い、敵の王の首に賞金をかける。そして島には奴隷もいる。罪を犯した者や、他国で死刑を宣告された者が、重い労働に就かされている。理想の島は、現代の目から見て理想とは言い切れない部分も抱えている。

本はラテン語で書かれ、1516年12月、ルーヴァンで出版された。出版を取り仕切ったのはエラスムスで、1518年にはバーゼルの印刷業者フローベンのもとで改訂版が出た。この版には島の地図の木版画が添えられている。英語に訳されたのは1551年で、モアの死から16年後だった。ヨーロッパの知識人が読むための本であり、民衆に読ませるための本ではなかった。
本の最後で、登場人物のモアは、ヒュトロダエウスの話には不合理なところが多いと言いながら、自分たちの国にも取り入れたいものが多い、ただしそれを期待はしない、と結ぶ。どこまでが本気で、どこからが遊びなのか。その読み方は、500年たったいまも定まっていない。

書いた本人はその後、王の側近として出世を重ね、1529年には大法官にまで上った。しかし王の離婚とローマ教会からの離脱には従えず、国王至上法が求める誓いを拒んで投獄され、1535年に処刑された(トマス・モアの処刑)。
「ユートピア」は、この本から普通の言葉になった。フランシス・ベーコンの『ニュー・アトランティス』をはじめ、理想の社会を描く書物が次々に生まれ、19世紀にはロバート・オーウェンらの試みが「ユートピア社会主義」と呼ばれた。20世紀には、その裏返しの「ディストピア」が小説の大きな主題になる。ロシア革命の翌年の1918年、レーニンの政府はモスクワに社会主義の先駆者たちの名を刻んだ記念碑を建て、そこにモアの名も入れた。一方でカトリック教会は1935年にモアを聖人とし、2000年には政治家の守護聖人と定めている。共産主義の先駆者と、信仰に殉じた聖人。一冊の本と一人の人生が、まったく違う二つの読み方を受け止めてきた。