概要
パンジャーブのヒンドゥーの家に生まれ、川で沐浴して3日、姿を消した。戻って最初に言った。「ヒンドゥーもいない、ムスリムもいない」。神は一つ(イク・オンカール)。形を持たず、像に宿らない。カーストを認めない。出家せず、家庭を持ち、働き、分かち合う。共同の食事(ランガル)では、誰もが同じ床に座って同じものを食べる。24年、東はアッサム、西はバグダードまで歩いた。10代のグルを経て、シク教になった。
場所
31.63°N 74.87°E · インド・パンジャブ州
関わった人(1)
グル・ナーナクAD1469年–AD1539年9月22日 · 説いた本文
1469年、ラホールの南西65キロ、タルワンディー村(いまのパキスタン、ナンカーナー・サーヒブ)。父メヘター・カールーはヒンドゥーのクシャトリヤ(カトリー・カースト)で、ムスリムの地主の下で徴税と会計を担った。当時のパンジャーブは、デリー・スルターン朝(ローディー朝)の支配下。ヒンドゥーとムスリムが隣り合って暮らしていた。
少年時代の伝承(サーキー)。7歳で塾に入り、教師が字を教えると、「その字で何を書くのか。神の名を書かないなら、何になるのか」と問い返した。11歳、ヒンドゥーの少年が受ける聖紐(ジャネーウー)の儀式で、糸を受け取ることを拒んだ。「慈悲を綿とし、満足を糸とし、節制を結び目とし、真理をよじりとせよ。そういう糸があるなら、私につけてくれ。それは切れず、汚れず、焼けず、失われない」。
家業を継がず、瞑想と、旅する行者との対話に時間を使った。父は彼に商売をさせようとして、20ルピーを渡して「儲かる取引をしてこい」と言った。彼は道で飢えた行者の一団に会い、全部を食事に使って帰った。「本当の取引をしてきた」(サチャ・サウダー)。
結婚し(スラーカニー)、二人の息子。姉の縁で、スルターンプル・ローディーの穀物倉の会計係になった。
1499年頃、30歳。ベイン川で沐浴中に、姿を消した。3日後に戻った。最初に言った言葉。
「ナー コイ ヒンドゥー、ナー コイ ムサルマーン」——ヒンドゥーもいない、ムスリムもいない。
(意味は、「両方の宗教が存在しない」ではなく、「どちらの信徒も、その教えの本質に生きていない」あるいは「神の前では、その区別に意味がない」と解される。)
教え。
「イク・オンカール」。一つの神。『グル・グラント・サーヒブ』の冒頭の言葉。「一なるもの、その名は真理、創造者、恐れなく、憎しみなく、時を超え、生まれず、自ら在り、グルの恩寵によって知られる」。
神は形を持たない。像に宿らない。だから偶像礼拝をしない。特定の場所(メッカ、ガンガー)に限られない。
カーストを認めない。ジャネーウーも、バラモンの仲介も、要らない。
出家しない。家庭を持ち、正直に働き(キラト・カロー)、神を思い(ナーム・ジャポー)、得たものを分かち合う(ワンド・チャコー)。
ランガル。共同の台所と食事。誰もが——カーストも、宗教も、性別も、身分も関係なく——同じ床に、横一列に座って、同じものを食べる。これは、カースト制の中では、革命的な行為だった。いまも、世界中のグルドワーラー(シク教の礼拝所)で、誰でも無料で食べられる。アムリトサルの黄金寺院では、1日に数万人分が出される。
女性について。「女から我々は生まれ、女の中で形づくられ、女と婚約し、結婚する。女が友となり、女から世代が続く。……なぜ、彼女を悪しく言うのか。王もまた、彼女から生まれる」。
旅(ウダーシー)。24年。楽師マルダーナ(ムスリムの、低いカーストの出)を伴い、ラバーブ(弦楽器)を弾かせながら、歌って回った。東はアッサムとベンガル、南はスリランカ、北はチベットとカイラス、西はメッカとメディナとバグダード。
メッカの伝承。彼はカアバに足を向けて寝た。咎められた。「では、神のいない方角に、私の足を向けてください」。
晩年。カルタルプル(ラーヴィー川のほとり)で、農耕しながら教えた。
後継。二人の息子でなく、弟子のレーフナー(後のグル・アンガド)を指名した。試験の伝承がある——泥の中に落とした鉢を拾わせ、汚れた仕事を命じ、息子たちは拒み、レーフナーは従った。
1539年9月22日、死んだ。70歳。伝説では、ヒンドゥーの弟子は火葬を、ムスリムの弟子は土葬を望んで争った。彼は「私の右に花を、左に花を置け。朝、萎れていない方が決めよ」と言った。翌朝、遺体はなく、両方の花が咲いたままだった。彼らは布を二つに分けた。
10代のグル。第5代アルジャンが『アーディ・グラント』を編纂し(1604年)、黄金寺院を建て、ムガル帝国に処刑された(1606年)。第6代ハルゴビンドが武装した。第9代テーグ・バハードゥルが、カシミールのヒンドゥー教徒の改宗強制に抗議して、アウラングゼーブに処刑された(1675年)。第10代ゴービンド・シングが1699年、カールサー(純粋な者の集団)を作り、5つのK(髪を切らない、櫛、鉄の腕輪、短剣、下着)を定め、そして「私の後の永遠のグルは、聖典である」と宣言した。以後、シク教に人間のグルはいない。
いま、世界に2500万人。