← 地図で見る
Event / できごと

EUの東方拡大

2004 enlargement of the European Union
AD2004年5月1日
重要度 4
ロシアグリーンランドカザフスタンアルジェリアサウジアラビアイランリビアエジプトモーリタニアトルコスウェーデンノルウェーウクライナフランスフィンランドスペインドイツイラクポーランドモロッコイタリアイギリスベラルーシルーマニア西サハラシリアアイスランドチュニジアブルガリアギリシャハンガリーオーストリアチェコセルビアポルトガルアゼルバイジャンリトアニアラトビアアイルランドヨルダンジョージアクロアチアエストニアスロバキアボスニア・ヘルツェゴビナAD2004年5月1日ブリュッセル
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD2004年5月1日の版図を描いています(45勢力)。

概要

2004年5月1日、ポーランド、チェコ、ハンガリー、バルトの三国など、東欧と地中海の10か国が、いっせいにヨーロッパ連合(EU)に加わった。冷戦のあいだソ連の側にいた国々が、十五年をかけて、民主主義、市場経済、法の支配といった加盟の条件を満たすよう、国の仕組みを作り直した末のことである。EUは15か国から25か国になった。国境を越えて働きに出る人が増え、イギリスへ渡ったポーランドの人々は、のちのイギリスのEU離脱の議論の火種の一つにもなった。

場所

ブリュッセル
50.85°N 4.35°E · ベルギー

本文

1989年に東欧の体制が崩れると、東欧の国々は「ヨーロッパへの回帰」を掲げた。ソ連の側にいた四十年を終わらせ、西側の豊かさと安全の仕組みに加わる。その目標が、ヨーロッパ連合(EU)とNATOへの加盟だった。

EUの側は、はじめはためらった。貧しい国々が一度に加われば、農業の補助金や地域の開発の資金が足りなくなる。1993年、EUはコペンハーゲンで、加盟の条件を定めた。安定した民主主義と法の支配と人権と少数者の保護、競争に耐える市場経済、EUの法律を丸ごと受け入れる力。加盟を望む国々は、裁判所、役所、銀行、農業、環境の決まりまで、八万ページを超えるEUの法律に合わせて、国の仕組みを作り直した。

2004年5月1日、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、スロヴェニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、それに地中海のマルタとキプロスの10か国がEUに加わった。EUは15か国から25か国に、人口は4億5千万人を超えた。前の月にはNATOにも7か国が加わっている。国境の町では、真夜中に花火が上がった。

新しい加盟国の経済は、その後大きく伸び、特にポーランドは急速に豊かになった。一方で、多くの若者が給料の高い西へ働きに出た。イギリスはすぐに働き手を受け入れ、数十万人のポーランド人が渡った。移民への不安は、のちのブレグジットの議論の大きな火種になる。そして、ハンガリーやポーランドでは、2010年代に、加盟の時に約束した法の支配や報道の自由を後退させる政権が現れ、EUとの対立が続いている。

同じ時代のできごと

ピロリ菌の発見AD1984年マッキントッシュAD1984年1月24日黄金寺院への突入AD1984年6月6日ブルキナファソの改名と改革AD1984年8月4日ボパールの化学工場事故AD1984年12月3日イギリス炭鉱ストライキAD1984年オゾンホールの発見AD1985年男女雇用機会均等法AD1985年
この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
AD2004年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります
20世紀以降のできごと一覧 →人物一覧 →
歴史データベースとは? →