概要
胃は強い酸で満たされていて、菌は住めない、と考えられていた。胃の潰瘍は、ストレスや食べ物が原因で、治療は胃酸を抑える薬を飲み続けるか、胃を切ることだった。1982年、オーストラリアのパースの病理医ロビン・ウォレンと若い医師バリー・マーシャルは、潰瘍の患者の胃に、らせん形の菌がいることを確かめた。学界は信じなかった。1984年、マーシャルは培養した菌を自ら飲み、胃炎を起こしてみせた。潰瘍は、抗生物質で菌を除けば治る病気になった。胃がんとの関係も明らかになり、二人は2005年、ノーベル賞を受けた。
場所
-31.95°N 115.86°E · オーストラリア・西オーストラリア州
本文
胃の中は、塩酸で満たされた強い酸の世界である。20世紀の医学は、そこに菌が住み続けることはできない、と考えていた。胃の潰瘍は、ストレスや、辛い食べ物や、酸の出すぎが原因とされた。患者は胃酸を抑える薬を飲み続け、やめれば多くが再発した。ひどくなれば胃を切る手術をした。胃酸を抑える薬は、世界で最も売れる薬の一つだった。
1979年、西オーストラリアのパースの王立病院の病理医ロビン・ウォレンは、胃の粘膜を顕微鏡で見て、らせん形の菌がびっしりついているのに気づいた。菌がいるところには、決まって炎症があった。若い内科医バリー・マーシャルがこの研究に加わり、1982年、患者の胃から菌を育てることに成功した。培養は何度も失敗していたが、復活祭の休みで培地が長く放っておかれ、菌がようやく育ったのだった。
二人の報告に、学界は冷たかった。潰瘍が菌で起きるなら、抗生物質で治るはずだが、そんなことはありえない、と見られた。動物に菌を感染させる実験もうまくいかなかった。1984年、マーシャルは、培養した菌を自分で飲んだ。数日後、彼は吐き気と口の臭いに襲われ、内視鏡で胃に炎症が起きていることを確かめ、抗生物質で治した。
その後、菌を除く治療で潰瘍がほとんど再発しないことが確かめられ、1990年代に治療の基本が改められた。菌はヘリコバクター・ピロリと名づけられ、胃がんの大きな原因でもあることが分かる。日本では、菌を持つ人が多く、胃がんが多かった。いまは、菌を調べて除く治療が広く行われている。ウォレンとマーシャルは、2005年、ノーベル医学生理学賞を受けた。常識に逆らう発見を、発見者が自分の体で示した例として語られる。