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Event / できごと

シェンゲン協定

Schengen Agreement
AD1985年6月14日
重要度 3
ソビエト連邦グリーンランドアルジェリアサウジアラビアイランリビアマリエジプトモーリタニアトルコスウェーデンノルウェーフランスフィンランドスペインイラク大英帝国ポーランドモロッコイタリアWest GermanyイギリスYugoslaviaルーマニア西サハラシリアアイスランドCzechoslovakiaチュニジアEast Germanyブルガリアギリシャハンガリーオーストリアポルトガル帝国アイルランドヨルダンAD1985年6月14日シェンゲン
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概要

1985年6月14日、フランス、西ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの代表が、ルクセンブルクの小さな村シェンゲンの近く、三国の境が接するモーゼル川に浮かぶ船の上で、国境での検問を少しずつなくしていく協定に署名した。実際に検問がなくなったのは1995年である。いまでは三十に近い国々のあいだを、旅券を見せずに行き来できる。そのかわり、外との境の守りと、警察の情報の共有を強めた。2015年に難民が押し寄せたときや、2020年の感染症の流行のときには、各国が国境の検問を一時的に戻した。

場所

シェンゲン
49.47°N 6.37°E · ルクセンブルク・レーミッヒ郡

本文

ヨーロッパの共同体は、1950年代から関税をなくし、品物が国境を自由に越えられるようにしてきた。だが、人とトラックは、相変わらず国境で止められ、旅券を見せ、荷を調べられた。1984年、国境での検問に抗議するトラックの運転手たちが、フランスとイタリアの国境の道をふさいだ。同じ年、フランスと西ドイツは、両国の国境の検問を軽くすることで合意する。ベネルクスの三国がこれに加わった。

1985年6月14日、五か国の代表は、ルクセンブルクの小さなぶどう酒の村シェンゲンの近く、フランス、ドイツ、ルクセンブルクの三国の境が接するモーゼル川に浮かぶ遊覧船マリー=アストリッド号の上で協定に署名した。共同体の全体ではなく、やりたい国だけが先に進む形だった。

国境の検問をなくすには、その裏打ちが要った。外との境で入ってくる人をしっかり調べ、ビザを共通にし、警察が情報を分け合う仕組みを作る。1990年にその細かな取り決めが結ばれ、1995年3月26日、まず七か国のあいだで、国境の検問が実際になくなった。協定は1999年にヨーロッパ連合の法に組み込まれた。イギリスとアイルランドは加わらず、逆に連合の外のノルウェー、アイスランド、スイスなどが加わった。2025年には、二十九の国のあいだを旅券を見せずに行き来できる。

国境の検問のない圏は、大きな出来事のたびに揺れた。2015年、中東やアフリカから百万人を超える人々が押し寄せると、ドイツや北欧の国々が国境での検問を一時的に戻した。2020年の感染症の流行では、多くの国が国境を閉ざした。協定はそうした一時的な検問を認めているが、いつまで「一時的」でよいのかは、いまも争われている。

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