概要
1940年4月9日の未明、ドイツ軍は中立のデンマークとノルウェーに同時に攻め込んだ。狙いは、スウェーデンの鉄鉱石を積み出すノルウェーのナルヴィクの港と、イギリスをにらむ北の海岸である。デンマークは数時間で降伏した。ノルウェーでは、オスロへ向かう巡洋艦ブリュッヒャーが、狭い湾の要塞の砲と魚雷で沈められ、そのあいだに王と政府は首都を脱出した。親ナチの政治家クヴィスリングはラジオで政権の奪取を宣言し、その名はのちに「裏切り者」の代名詞になる。ノルウェーは2か月戦って6月に降伏し、王はロンドンへ渡った。
場所
59.91°N 10.75°E · ノルウェー
本文
大戦が始まると、ドイツもイギリスも、北欧に目を向けた。ドイツの戦争を支える鉄鉱石の多くは、スウェーデン北部の鉱山から、冬でも凍らないノルウェーのナルヴィクの港へ鉄道で運ばれ、ノルウェーの沿岸を南下して届いていた。イギリスはノルウェーの海に機雷を敷いてこの道を断とうとし、ドイツは先に北の海岸を押さえることを決めた。
1940年4月9日の未明、ドイツは作戦を始めた。デンマークには国境から戦車が入り、コペンハーゲンの港に兵を乗せた船が着いた。デンマークの政府は、抵抗は無駄な血を流すだけだとして、数時間で降伏した。ノルウェーには、オスロからナルヴィクまでの港に、兵を乗せた軍艦が同時に向かった。
オスロへ向かったドイツの巡洋艦ブリュッヒャーは、オスロ湾の狭い水道で、古い要塞の砲と魚雷を受けて沈んだ。この遅れのあいだに、王ホーコン7世と政府と議会は列車で首都を離れ、国の金塊も運び出された。その日の夜、ノルウェーのナチの党を率いるクヴィスリングがラジオで自分が首相だと宣言したが、国民も、ドイツ自身もすぐには受け入れなかった。翌日、ドイツの使節が王に、クヴィスリングを首相に認めて降伏するよう迫った。王は政府に、受け入れるくらいなら退位すると告げ、政府も拒んだ。
ノルウェー軍は、上陸したイギリス、フランス、ポーランドの兵とともに2か月戦い、ナルヴィクを一時は取り返した。だが5月にドイツがフランスに攻め込むと、連合軍は兵を引き揚げ、6月、王と政府はイギリスへ渡ってノルウェーは降伏した。ノルウェーの大きな商船隊は連合国の側で戦争の物資を運び続けた。クヴィスリングはのちにドイツのもとで政権を率い、戦後、反逆の罪で処刑された。英語では、いまも「クヴィスリング」が売国奴を指す言葉として使われる。