概要
合衆国憲法修正第18条により、酒の製造・販売・輸送が禁じられた。飲むこと自体は禁じられていない。運動を担ったのは、禁酒同盟と、女性キリスト教禁酒同盟である。背景に、酒場が政治と労働と移民の男性文化の中心にあったことと、それへの反発がある。結果は、需要が地下へ潜っただけだった。密造、密輸、そして組織犯罪。ニューヨークだけで数万の潜り酒場ができた。1933年、修正第21条で撤廃された。憲法の修正が撤廃された唯一の例である。
場所
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
本文
**運動**。
アメリカの禁酒運動は、**19世紀の初頭**から続いていた。
**担い手**。
**(1)プロテスタントの福音主義**。
第二次大覚醒(19世紀前半の信仰復興運動)の中で、飲酒が罪と結びつけられた。
**(2)女性**。
これが、決定的である。
**1873〜74年、「女性の十字軍」**。
オハイオ州で始まった。女性たちが、酒場の前に集まり、**祈り、賛美歌を歌い、そして立ち去らない**。
(数か月で、数百の酒場が閉じた。)
**1874年**、**女性キリスト教禁酒同盟(WCTU)**。
指導者**フランシス・ウィラード**。
**なぜ、女性か**。
当時のアメリカで、**既婚女性には、財産権がほとんどなかった**。
夫が給料を酒に使えば、家族は飢える。
夫が酔って暴力を振るっても、**離婚は、極めて難しい**。
**酒場は、女性が入れない場所である**。そして、そこで、家の金が消える。
(WCTUは、禁酒だけでなく、**女性参政権**、労働条件の改善、そして刑務所の改革も掲げた。
——**禁酒と、女性の権利は、同じ運動だった**。)
**(3)反酒場連盟**(1893年〜)。
こちらは、**単一争点の圧力団体**である。
(禁酒だけを掲げ、それを支持する候補者を、党派を問わず支援する。
——**現代のロビー活動の、最も早く、最も成功した例**とされる。)
**(4)そして、産業**。
(**ヘンリー・フォード**が、禁酒を支持した。労働者が酔っていては、工場が動かない。
**ロックフェラー**も、多額を寄付した。)
**(5)反移民感情**。
**酒場は、しばしば、移民の男性の社交の中心だった**。
(アイルランド系のパブ、ドイツ系のビアホール、イタリア系のワイン。
そして、**ドイツ系の醸造業者**——アンハイザー・ブッシュ、パブスト、シュリッツ、ミラー——が、業界の中心にいた。
**1917年、アメリカがドイツに宣戦した**。
反ドイツ感情が、そのまま反ビール感情になった。「ビールを飲むのは、非愛国的である」。
——**これが、最後の一押しになった**、と多くの歴史家が指摘している。)
**成立**。
**1917年12月**、議会が**修正第18条**を可決。
**1919年1月16日**、必要な州の批准が完了。
**1919年10月**、**ヴォルステッド法**(施行法)。
(「酒類」を、**アルコール0.5%以上**と定義した。極めて厳しい。ビールも、含まれる。
——起草したのは、反酒場連盟の**ウェイン・ウィーラー**である。議員のヴォルステッドは、名を貸した。)
**1920年1月17日、発効**。
**何が禁じられたか**。
- **製造** - **販売** - **輸送**
**飲むこと自体は、禁じられていない**。
(だから——**発効の前に買い置いた酒を、家で飲むことは、合法だった**。
裕福な者は、大量に買い溜めた。**イェール・クラブ**〈ニューヨーク〉が、会員のために14年分の酒を地下に確保した、という話が伝わっている。)
**例外**。
- **医療用**。医師が処方できる。
(**処方箋が、爆発的に増えた**。ウイスキーが「薬」として、薬局で売られた。
**ウォルグリーン**が、この期間に店舗数を、20店から500店以上に増やした。〈同社は、この関連を否定している。〉)
- **宗教用**。ミサの葡萄酒、ユダヤ教の儀礼の葡萄酒。
(**ラビの登録数が、急増した**。)
- **農家の自家用の果実酒**(限定的に)。
- そして——**「ワイン用ブドウの濃縮果汁」**。
(レンガ状に固めたブドウの濃縮物が、売られた。
**その包装に、警告が印刷されていた**。
「**注意:これを1ガロンの水に溶かし、20日間、戸棚に置いてはならない。さもなくば、ワインになってしまう**」。)
**実態**。
**(1)密造**。
- **ムーンシャイン**。山中で、密かに蒸留する。
(品質の管理がない。**メタノール**が混じったものを飲んで、失明あるいは死亡した例が、多数報告されている。
「**ジェイク・レッグ**」——ジャマイカ・ジンジャー抽出液〈薬として合法だった〉に、混入した可塑剤による神経障害。数万人が、足が動かなくなった。)
- **バスタブ・ジン**。工業用アルコールに、香料を加えて、ジンに似せる。
**(2)そして、政府の対応**。
**工業用アルコールに、毒を混ぜた**。
(変性アルコール。もともと、飲用への転用を防ぐために、不快な味の物質を加えていた。
1926年、政府が、**さらに毒性の高い物質**(メタノールを含む)を加えるよう指示した。
密造者は、それを「再生」しようとした。**失敗すれば、飲んだ者が死ぬ**。
——推定で、**1万人以上**が、これによって死んだとされる。
〈当時から、「政府による毒殺」として、激しく批判された。ニューヨーク市の検死官チャールズ・ノリスが、繰り返し告発した。〉)
**(3)密輸**。
- **カナダから**(デトロイト川を渡る。冬は、氷の上を車で)。 - **カリブから**(**ラム・ロウ**——領海の外に船を並べ、小型船が買いに行く)。 - 「**ラム・ランナー**」「**ブートレガー**」。
(**ウィリアム・マッコイ**——密輸業者。彼の酒は、水で薄めていないので評判がよかった。「**the real McCoy**」〈本物の〉という英語の言い回しが、彼に由来する、という説がある。〈語源としては、より古い用例があり、疑わしい。〉)
**(4)潜り酒場(スピークイージー)**。
(名の由来——中に入るとき、**小声で話せ**(speak easy)と言われたから、とされる。)
**ニューヨークだけで、推定2万〜10万軒**。
(禁酒法の前の、合法な酒場の数を、**上回っていた**。)
そして——**女性が、入るようになった**。
(合法な酒場は、男性だけの場所だった。違法な酒場には、そういう慣行がない。
——**禁酒法が、女性を飲酒の場に入れた**、という逆説がある。
同じ時期、**フラッパー**——髪を切り、膝丈のスカートを着て、煙草を吸い、そして酒を飲む若い女性——が現れた。)
**(5)組織犯罪**。
これが、最大の帰結である。
密造と密輸と流通の網を、組織が握った。
**アル・カポネ**(シカゴ)。年収、推定**6,000万ドル**。
(1929年、**聖ヴァレンタインデーの虐殺**。対立するギャング7人が、警官に扮した男たちに機関銃で射殺された。)
(そして、彼は**殺人では有罪にできなかった**。1931年、**脱税**で有罪になった。11年。)
**組織犯罪が、この期間に、全国規模の組織に成長した**。
(そして、禁酒法が終わった後、彼らは**別の商売**——賭博、麻薬、労働組合、そして後にラスヴェガス——へ移った。
**インフラが、残った**。)
**終わり**。
**1929年、大恐慌**。
議論の枠組みが、変わった。
- **税収**。酒税は、連邦の重要な財源だった。それを失っていた。(禁酒法以前、連邦の税収の相当部分が、酒税だった。) - **雇用**。醸造と流通の産業が、消えていた。 - そして——**法が、公然と破られ続けている**という事実が、法全体への信頼を損なっていた。
**1932年**、フランクリン・ローズヴェルトが、**廃止を公約に掲げて**当選した。
**1933年3月**、まず**ビール**(3.2%まで)が合法化された。
(発効の日、アンハイザー・ブッシュが、**クライズデール馬の馬車**でビールをホワイトハウスへ届けた。この馬車は、いまも同社の象徴である。)
**1933年12月5日**、**修正第21条**が批准された。
**修正第18条は、廃止された**。
**アメリカ合衆国憲法の修正条項が、廃止された、唯一の例である**。
**13年**。
**評価**。
**成功した面**。
- **飲酒量は、実際に減った**。
(禁酒法の前後で、一人あたりの消費量が減り、そして——**廃止後も、しばらく戦前の水準に戻らなかった**。
肝硬変による死亡率が、この期間に低下したという研究がある。)
**失敗した面**。
- 組織犯罪の成長。 - 法の軽視。 - 汚職(警官と、検察と、政治家の買収が、広範に行われた)。 - 品質管理のない酒による、死者と障害。 - そして——**税収の喪失**。
**そして**。
禁酒法は、いまも、政策の議論で繰り返し引かれる。
**需要のあるものを禁じたとき、何が起きるか**。
(麻薬の規制、賭博、売買春、そして——現在の各国の薬物政策の議論で、必ず出てくる先例である。)