概要
明治のはじめから、女性の参政権を求める声はあったが、戦前には実現しなかった。敗戦の年の暮れ、選挙の法律が改められ、二十歳以上の男女に選挙権が与えられる。1946年4月10日の総選挙で、女性たちは初めて票を投じた。投票率は男性より低かったが、三十九人の女性が衆議院議員に選ばれる。その数は、その後半世紀以上破られなかった。戦前から運動を続けてきた市川房枝は、追放されたのち、のちに参議院で長く活躍することになる。
場所
東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
実現しなかった声。
明治のはじめから、女性の参政権を求める声はあった。
(1)『青鞜』の創刊の女性たちも、声を上げた。
(2)そして、戦前には実現しなかった。
1946年4月10日。
敗戦の年の暮れ、選挙の法律が改められた。
(1)二十歳以上の男女に、選挙権が与えられた。
(2)そして、1946年4月10日の総選挙で、女性たちは初めて票を投じた。
(3)さらに、三十九人の女性が、衆議院議員に選ばれた。
破られない数。
その数は、その後半世紀以上破られなかった。
戦前から運動を続けてきた市川房枝は、のちに参議院で長く活躍する。
残ること。
ニュージーランドの女性参政権から五十三年、女性の参政権(アメリカ)から二十六年。
投票の権利は得たが、議席の数は、その後長く増えなかった。