概要
開国のあと、長崎の外国人居留地にフランス人の神父が教会を建てた。1865年3月17日、浦上の村人十数人が教会を訪れ、一人の女性が神父に、私たちの胸はあなたと同じです、とささやいた。二百五十年近く、神父なしでひそかに祈りを伝えてきた潜伏キリシタンだった。だが信仰を明かした浦上の信徒は、明治の新政府に捕らえられ、各地に流されて多くが死ぬ。欧米の抗議を受けて禁教の高札が下ろされたのは、1873年である。
場所
長崎
32.75°N 129.88°E · 長崎県
32.75°N 129.88°E · 長崎県
本文
居留地の教会。
開国のあと、長崎の外国人居留地に、フランス人の神父が教会を建てた。
(1)1865年3月17日、浦上の村人十数人が教会を訪れた。
(2)そして、一人の女性が神父にささやいた。
私たちの胸は、あなたと同じです。
二百五十年の祈り。
二百五十年近く、神父なしでひそかに祈りを伝えてきた潜伏キリシタンだった。
(1)だが、信仰を明かした浦上の信徒は、明治の新政府に捕らえられた。
(2)そして、各地に流されて、多くが死んだ。
残ること。
欧米の抗議を受けて、禁教の高札が下ろされたのは、1873年である。
岩倉使節団が、欧米で信教の自由を迫られたことも、一因になった。