概要
広く会議を興し万機公論に決すべし。新政府がどういう国を作るかを最初に示した。
場所
京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
関わった人(2)
木戸孝允1833年–1877年 · 草案に関与明治天皇1852年–1912年 · 誓った本文
五箇条の御誓文は、明治天皇が神々に誓う形で出された。 新政府が何を目指すかを、最初に外へ示した文書になる。
第一条「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」。 第五条「智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ」。
草案は由利公正が書き、福岡孝弟、木戸孝允が手を入れた。 「列侯会議」だったものを「広ク会議」に直したのは木戸で、 参加の範囲を諸侯に限らない書き方にしたことになる。
同じ日に出された五榜の掲示は、 キリスト教の禁止など、旧来の触れ書きをそのまま引き継いでいる。 新しい方針と古い禁令が、同じ日に並んで出た。
この誓文は、戦後の「人間宣言」でも冒頭に引かれる。