ニッカボッカーの規則
概要
ニューヨークの若い事務員や商人たちが作ったクラブが、棒で球を打って塁を回る遊びの決まりを書き留めた。それまでの遊びでは、走っている者に球をぶつければアウトだった。新しい決まりでは、ぶつけるのをやめ、球を持って塁に触れればよいことにした。大人がけがをせずに遊べるようにするためである。打った球が外に出ればファウル、三つアウトで攻守交代。試合は、川向こうのホーボーケンの原っぱで行われた。二十の条からなるこの決まりが、のちの野球の土台になった。
場所
40.74°N -74.03°E · アメリカ・ニュージャージー州
本文
棒で球を打ち、地面に置いた目印を回って点を取る遊びは、イギリスに古くからあった。子どもたちが遊ぶ「ラウンダーズ」と呼ばれる遊びがその一つで、18世紀には「ベースボール」という言葉もすでにイギリスの書物に現れている。この種の遊びは、移民とともにアメリカに渡り、町ごと村ごとにさまざまな決まりで遊ばれていた。ニューヨークでは「タウンボール」、ボストンでは別の名で呼ばれ、塁の数も、打者の数も、アウトの取り方も、場所によって違っていた。
多くの遊びに共通していたのが、「ソーキング」と呼ばれるアウトの取り方である。塁と塁の間を走っている走者に、守る側が球を投げつけて当てれば、その走者はアウトになる。子どもの遊びなら笑って済むが、大人が力いっぱい硬い球を投げつければ、けがをする。球を柔らかくすれば、遠くへ飛ばない。

1840年代のニューヨーク、マンハッタンの南端では、若い事務員や商人、銀行員たちが、仕事の後や休日に、この遊びを楽しむようになっていた。体を動かす健全な娯楽として、また仲間との社交の場として、クラブを作って集まった。そのうちの一つが、ニッカボッカー・ベースボール・クラブである。「ニッカボッカー」とは、ニューヨークの古いオランダ系の住民を指すあだ名で、ニューヨーカーそのものを指す言葉でもあった。
1845年9月23日、クラブは正式に結成され、その遊び方の決まりを書き留めた。全部で20の条からなるこの決まりは、「ニッカボッカー・ルール」と呼ばれる。いちばん大きな変更は、ソーキングをやめたことだった。走者をアウトにするには、球を持って走者に触れるか、走者より先に球を塁に届ければよい。走者に球をぶつけることは、はっきり禁じられた。これによって、硬い球を使っても、大人がけがをせずに遊べるようになった。硬い球なら遠くまで飛ぶ。球を遠くへ打ち、それを追いかけ、素早く投げて走者を刺す、というプレーの面白さが、ここから生まれた。

ほかにも、今の野球につながる決まりがいくつも書かれていた。打った球が一塁線と三塁線の外に出れば「ファウル」とする。それまでの遊びでは、球をどの方向に打ってもよかったが、打つ範囲を前の扇形に限ったことで、守る側は配置を工夫できるようになった。また、攻める側は三人がアウトになれば、守る側と入れ替わる。塁は四つで、菱形に並べる。投手は、打者が打ちやすいように、腕を下から振って球を投げる。勝ち負けは、先に21点を取った側を勝ちとした。回の数で試合を区切る今の形は、まだ無かった。
マンハッタンでは、町が北へ広がるにつれて、広い空き地が減っていた。そこでクラブの面々は、渡し船でハドソン川を渡り、対岸のニュージャージー州ホーボーケンにある、エリシアン・フィールズと呼ばれる行楽地の原っぱで試合をするようになった。1846年6月には、この原っぱで、ニッカボッカーのクラブとほかのチームが、書かれた決まりのもとで試合をした。これが、記録に残るものとして最も古い野球の試合の一つとされる。ニッカボッカーのクラブは、23対1で大敗した。
決まりを書いた中心人物として、長くアレグザンダー・カートライトの名が挙げられてきた。彼はのちに「近代野球の父」と呼ばれ、野球の殿堂にも入っている。しかし近年の研究では、決まりづくりにはクラブのほかの会員たちも深く関わっていたことが分かっており、カートライト一人の功績とする見方は改められつつある。一方、陸軍の軍人アブナー・ダブルデイが1839年にニューヨーク州のクーパーズタウンで野球を考え出した、という話は、20世紀の初めに、野球はアメリカで生まれたアメリカのものだと示したい人々が広めた伝説で、根拠は無いとされている。
ニッカボッカーの決まりは、ニューヨークのほかのクラブにも広がり、やがて各クラブが集まって共通の決まりを話し合うようになった。1850年代には試合を9回で区切る決まりが生まれ、投げ方や打ち方の決まりも少しずつ変わっていった。1869年には、選手全員に給料を払う最初のプロのチームが現れる。南北戦争の兵士たちが野営地で遊んだことも、野球を全国に広めた。

野球はその後、アメリカから太平洋を越えて日本や中南米へ伝わった。日本に伝わったのは明治の初めで、のちに職業野球が始まる(日本の職業野球の始まり)。イギリスで賭けのために書かれたクリケットの決まり(クリケットの決まり)と違い、野球の決まりは、大人がけがをせずに楽しむためにまず書かれた。その出発点にあったのが、球を人にぶつけない、というこの一条だった。