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Event / できごと

日比谷公園

Hibiya Park
AD1903年(明治36年)
重要度 3
イギリス領インド帝国フランス領インドシナラタナコーシン朝(シャム)フィリピンAD1903年(明治36年)東京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1903年(明治36年)の版図を描いています(4勢力)。

概要

日本にも寺社の境内や名所はあったが、洋風の「公園」は明治に入ってきた考え方である。1903年に開いた日比谷公園は、練兵場の跡地に、林学者の本多静六が設計した。芝生、花壇、洋風の音楽堂、そしてベンチ。日本人がベンチに座って休むという習慣は、ここから広まったとも言われる。開園後、この広場は別の役割も持つ。1905年、講和条約に反対する集会が開かれ、暴動になった。人が集まれる広い場所は、憩いの場であると同時に、政治の場にもなる。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

本文

**入ってきた考え方**。

(——**日本**に**も、**人**が**集まる**場所**は**あった**。

〈**(1)**寺社**の**境内**。

**(2)**そして、**花見**の**名所**。

**(3)さらに、**河原**。〉

**——**ただし、**「公園」**という**制度**は**明治**に**入って**きた**。

〈**——**1873年**の**布告**で、**各地**の**名所**が**公園**に**指定**された**。

**——**上野**、**浅草**、**芝**。

**——**もとから**あった**場所**に**、**名前**を**付けた**もの**である**。〉)

**一から造る**。

(——**日比谷**。

〈**(1)**もとは**大名**屋敷**、**そして**練兵場**だった**。

**(2)**そして、**軟弱**な**地盤**で、**建物**に**向かない**。

**(3)さらに、**1903年**、**公園**として**開いた**。〉

**——**設計**は**、**林学者**の**本多静六**ら**。

〈**(1)**芝生**と**花壇**。

**(2)**そして、**洋風**の**音楽堂**。

**(3)さらに、**ベンチ**。

**〈——日本人**が**屋外**の**椅子**に**座って**休む**習慣**は、**ここ**から**広まった**とも**言われる**。〉**

**(4)そして、**西洋**料理**の**店**。〉)

**集まる場所**。

(——**開園**の**二年**後**。

〈**——**1905年9月**、**日露**戦争**の**講和**条約**に**反対**する**集会**が**開かれた**。

**——**群衆**が**警察署**や**電車**を**焼き、**戒厳**令**が**出た**。

**——**日比谷**焼き討ち**事件**。〉

**——**以後**も**、**この**広場**は**集会**の**場**で**あり**続ける**。

〈**——**人**が**集まれる**広い**場所**は、**憩い**の**場**であり、**政治**の**場**でも**ある**。〉)

**残ること**。

(——**公園**は**、**都市**の**中**の**空白**である**。

〈**——**その**空白**を、**誰**が**、**何**に**使う**か**は、**設計**した**側**の**思惑**を**越える**。

**——**セントラルパーク**でも**、**集会**と**演説**が**繰り返されて**きた**。〉)

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