白鳥の首フラスコ
概要
首を曲げた瓶では、煮沸した液が空気に触れていても腐らない。生きものが無から湧くという説がここで退けられ、細菌説の土台になった。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
関わった人(1)
ルイ・パスツールAD1822年12月27日–AD1895年9月28日 · 実験本文
肉汁を置いておくと、やがて濁り、においを放ち、中に小さな生きものが湧く。その生きものはどこから来たのか。19世紀の半ばまで、それは肉汁そのものから自然に生まれるのだ、という考えに、まだ有力な支持者がいた。自然発生説と呼ばれる。
この問いは古い。17世紀には、肉を布で覆えば蛆は湧かないことが示され、目に見える虫は自然には生まれないと分かっていた。だがレーウェンフックの微生物で顕微鏡の下に現れた微小な生きものは別だった。18世紀には、煮沸して密閉した液は腐らないという実験が出たが、自然発生を信じる側は、加熱と密閉で空気の中の「生命の力」が壊されたのだと反論した。空気を断てば腐らないのは当たり前で、空気が要るのだ、と。

1859年、フランスの博物学者プーシェが、自然発生を支持する大部の本を出した。パリの科学アカデミーは、この問題に決着をつける実験に賞を出すと発表した。これに応じたのが、ルイ・パスツールである。パスツールはそれまでに、ワインやビールの発酵が微生物の働きによることを示していた(発酵は生き物の仕事である)。発酵が生きものの仕事なら、腐敗もそうだろう。その生きものは外から来るはずだ、と彼は考えた。
パスツールはまず、空気の中に微生物がいることを確かめた。綿で空気を濾し、その綿を顕微鏡で見ると、胞子のような粒がたくさん付いていた。次に、空気そのものと、空気に混じっている粒とを分ける方法が要った。

使ったのが、首の長いガラスのフラスコだった。肉汁や酵母の煮汁を入れたあと、首を火であぶって細く長く伸ばし、白鳥の首のようにS字に曲げる。口は閉じない。中の液を十分に煮沸して冷ます。空気は首を通って自由に出入りできる。だが空気中の埃や微生物は、曲がった首の低いところに引っかかり、液まで届かない。曲がり角に溜まった水滴も、粒を捕らえる。
煮沸した液は、空気に触れたまま、何日たっても澄んでいた。何週間たっても腐らなかった。

ここからが決め手になる。フラスコを傾けて、首の曲がり角に溜まっていた液を中に戻す。あるいは首を折る。すると、液はまもなく濁りはじめた。空気は同じ、液も同じ、加熱も同じ。違うのは、首にたまった埃が液に触れたかどうか、その一つだけである。条件を一つだけ変えて結果を比べるという、実験の基本の形がここにある。加熱で生命の力が壊れたという反論も、空気が足りないという反論も、これで成り立たなくなった。
パスツールはさらに、空気のきれいな場所ほど微生物が少ないことも示した。1860年、煮沸した液を密閉したフラスコをいくつも用意し、町の中庭、ジュラの山、アルプスの氷河の上で口を開け、すぐにまた閉じた。町では多くが腐り、氷河の上で開けたものはほとんど腐らなかった。

1861年、パスツールは一連の結果を論文にまとめ、翌年、アカデミーの賞を受けた。1864年にはパリ大学で一般向けの講演を行い、自然発生の説はこの単純な実験が与えた致命的な打撃から二度と立ち直れないだろう、と述べた。
ただ、論争がこれで完全に終わったわけではない。プーシェは干し草の煮汁を使うと、煮沸しても腐ると主張した。この謎が解けたのは1870年代で、イギリスのティンダルらが、干し草の細菌の一部は熱に強い芽胞を作り、短時間の煮沸では死なないことを示した。パスツールの結論が正しかったことは、こうして確かめられていく。
白鳥の首のフラスコのいくつかは、パリのパスツール研究所に保管されている。当時の液がいまも腐らずに残っていると伝えられる。
この実験の意味は、自然発生説を退けたことだけにとどまらない。腐敗も、発酵も、そしておそらく病気も、外から入ってくる目に見えない生きものの仕事である。それなら、入ってくる道を断てば防げる。イギリスの外科医ジョゼフ・リスターは、パスツールの論文を読んで、手術の傷が化膿するのも空気中の微生物のせいだと考え、石炭酸で傷と器具を消毒する方法を始めた(リスターの消毒法)。手術のあとの死亡は大きく減った。ドイツのロベルト・コッホは、特定の病気が特定の細菌によって起きることを証明していく。パスツール自身も、後に狂犬病のワクチンに至る。
煮沸、密閉、消毒、滅菌。いま当たり前に行われていることの根には、曲がった首のガラス瓶がある。