できごと

発酵は生き物の仕事である

Fermentation is the work of living things
AD1857年
重要度 5
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このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1857年の版図を描いています(24勢力)。

概要

当時の化学の主流は、発酵を純粋な化学反応と見ていた。糖が勝手に分解する、と。リールの砂糖大根から酒精を作る工場が、なぜか腐敗すると相談を持ち込んだ。パストゥールは顕微鏡で、正常な樽には丸い酵母が、傷んだ樽には棒状の別の微生物がいることを見た。発酵は生き物の営みであり、混入する別の生き物が腐敗を起こす。加熱で殺せば止まる。ここから低温殺菌が生まれ、病気は微生物が起こすという考えに、道が続いた。

場所

リール
50.63°N 3.06°E · フランス

関わった人(1)

ルイ・パスツールAD1822年12月27日–AD1895年9月28日 · 示した

本文

ぶどう汁が酒に、牛乳がヨーグルトに、ワインが酢に変わる。人類は何千年もこの変化を利用してきたが、19世紀の半ばになっても、なぜそれが起きるのかは分かっていなかった。顕微鏡で酵母の粒が見えることは、17世紀にレーウェンフックが微小な生き物を見つけて以来知られていた(レーウェンフックの微生物)。問題は、その粒が発酵の原因なのか、それとも結果なのかである。

当時の化学の主流は、発酵を純粋な化学反応とみなしていた。代表は、ドイツの大化学者ユストゥス・フォン・リービッヒである。糖は不安定な物質に触れると分解する。死んで崩れかけた有機物が、その崩れを周りに伝えていく。酵母は、その過程で生じる副産物か、せいぜい触媒のようなものにすぎない、と彼は考えた。

ルイ・パスツールの肖像
ルイ・パスツールの肖像Wikimedia Commons Paul Nadar · Public domain

反対の見方もあった。1830年代、フランスのカニャール=ラトゥールやドイツのシュヴァンらは、顕微鏡で観察して、酵母は芽を出して増える生き物だと主張した。しかし、化学の大家たちはこれを嘲笑した。リービッヒと友人のヴェーラーは、酵母を、糖を食べて体の一方から酒を、もう一方から炭酸ガスを出す小さな動物として描いた匿名の風刺文まで書いている。

この論争に決着をつけたのが、ルイ・パスツールだった。彼はもともと結晶を研究する化学者で、1854年、新設されたリール大学理学部の学部長に迎えられた。リールはフランス北部の工業の町で、学部には地元の産業に役立つ研究をすることが期待されていた。1856年、学生の父親で、砂糖大根から酒精(アルコール)を作る工場を営むビゴという人が相談にやって来た。

パスツールの生家(ドール)
パスツールの生家(ドール)Wikimedia Commons KBWEi 21:29, 8. Okt. 2007 (CEST) · Public domain

工場の発酵槽が、しばしば失敗する。アルコールになるはずの液が、酸っぱく、粘り気のあるものに変わってしまう。理由が分からない、というのである。

パスツールは工場に足を運び、うまくいった槽と、失敗した槽の両方から液を取って、顕微鏡で調べた。うまくいった槽には、丸いか楕円の酵母がたくさんいて、芽を出して増えていた。失敗した槽では酵母が少なく、代わりにもっと小さな、棒の形をしたものが無数にうごめいていた。のちに乳酸菌と呼ばれる微生物である。

ルイ・パスツール(1878年、パリ、A・ゲルシェル撮影)
ルイ・パスツール(1878年、パリ、A・ゲルシェル撮影)Wikimedia Commons A Gerschel · Public domain

ここからパスツールは考えを進めた。発酵は、生き物の営みである。そして、どの生き物が増えるかによって、できるものが変わる。酵母が増えればアルコールができ、棒の形の菌が増えれば乳酸ができる。

別の菌なら、いやな臭いを放つ酪酸ができる。発酵の失敗とは、望まない生き物が紛れ込んで増えることなのだ。1857年、彼はこの考えを「乳酸発酵についての覚書」として発表し、1860年にはアルコール発酵についての大きな論文をまとめた。

実験室で実験するパスツール
実験室で実験するパスツールWikimedia Commons Unknown author Unknown author · Public domain

彼はさらに奇妙な事実にも気づいた。酵母は、空気があるとよく増えるが、アルコールはあまり作らない。空気の無いところでは増えにくいが、盛んにアルコールを作る。パスツールは、発酵とは空気の無いところでの生命である、という意味のことを書いた。酸素があると発酵が抑えられるこの現象は、のちに「パスツール効果」と呼ばれる。

だが、発酵が微生物の仕業だとすると、次の問いが出てくる。その微生物は、どこから来るのか。当時はまだ、腐りかけた有機物から生き物が自然に湧いて出るという「自然発生説」が根強く、フランスの博物学者プーシェは、実験でそれを示したと主張していた。

リール・パスツール研究所
リール・パスツール研究所Wikimedia Commons Lamiot · CC BY 3.0

パスツールが1860年前後に行った実験は、単純で美しかった。フラスコに栄養のある液を入れ、首を熱して細く引き伸ばし、白鳥の首のようにS字に曲げる。そして中の液を煮立てる。空気は曲がった首を通って自由に出入りできるが、空気中の塵や微生物は、曲がった部分の底に落ちてたまり、液まで届かない。

こうして置いたフラスコの液は、いつまでたっても腐らなかった。ところがフラスコを傾けて、首にたまった塵に液を触れさせると、数日で濁り、腐り始めた。彼が作ったフラスコのいくつかは、いまもパリのパスツール研究所に残り、中の液は澄んだままだと伝えられる。1864年、パスツールはソルボンヌでの講演で、自然発生説はこの単純な実験の一撃から二度と立ち直れないだろう、と語った。

ルイ・パスツールの肖像(フランソワ・ラフォン画、1883年)
ルイ・パスツールの肖像(フランソワ・ラフォン画、1883年)Wikimedia Commons François Lafon · Public domain

発見は、すぐに産業へ返された。1860年代、フランスの重要な輸出品であるワインが、輸送の途中で酸っぱくなったり苦くなったりする問題に悩まされていた。ナポレオン3世の求めでこの問題を調べたパスツールは、ワインを55度から60度ほどに短い時間だけ温めればよい、という方法を示した。煮立てれば味が変わってしまうが、この温度なら風味を保ったまま、傷みのもとになる菌を殺せる。

この方法は彼の名を取って「パスチャリゼーション」、日本語では低温殺菌と呼ばれる。のちにビールや牛乳にも使われるようになり、牛乳を通じて広がっていた結核や腸チフスなどの感染は大きく減った。アメリカでは1908年、シカゴが都市として初めて、売られる牛乳の低温殺菌を義務づけた。

パスツールの論理は、自然に次の一歩へ向かった。発酵や腐敗が、外から入ってくる微生物によって起きるのなら、病気もそうではないか。1865年、彼はフランスの養蚕業を壊滅させかけていた蚕の病気の調査を引き受けた。5年がかりで病気を起こす微生物を突き止め、病気の蛾の卵を見分けて取り除く方法を示した。この間に、彼は父を亡くし、幼い娘を二人、病で失っている。五人の子のうち三人を幼くして亡くしたことは、彼が感染症の研究に生涯を傾けた背景としてしばしば語られる。

1870年代の終わりからは、人と家畜の病気へ進んだ。ドイツのロベルト・コッホと競い合いながら炭疽の研究を進め、鶏コレラでは、しばらく放っておいた菌の培養液を鶏に打ったところ、鶏が死なず、その後に強い菌を打っても耐えたことから、弱めた病原体でワクチンを作る方法を見いだした。偶然の発見だったが、彼自身が若いころから語っていたように、観察の場では、偶然は備えのある心にだけ味方する。ジェンナーの種痘から続く予防接種の考えは、ここで一般の方法になり、1885年の狂犬病のワクチンへとつながる。

イギリスの外科医ジョゼフ・リスターは、パスツールの論文を読んで、手術の傷が膿むのも空気中の微生物のせいではないかと考えた。彼が石炭酸で傷と器具を消毒する方法を始めると、手術の後に死ぬ患者は大きく減った(リスターの消毒法)。

すべては、リールの砂糖大根の工場から持ち込まれた、なぜこの槽は腐るのかという一つの相談から始まった。その答えが、微生物学と、免疫学と、そして近代の医学の土台になった。

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