概要
当時の化学の主流は、発酵を純粋な化学反応と見ていた。糖が勝手に分解する、と。リールの砂糖大根から酒精を作る工場が、なぜか腐敗すると相談を持ち込んだ。パストゥールは顕微鏡で、正常な樽には丸い酵母が、傷んだ樽には棒状の別の微生物がいることを見た。発酵は生き物の営みであり、混入する別の生き物が腐敗を起こす。加熱で殺せば止まる。ここから低温殺菌が生まれ、病気は微生物が起こすという考えに、道が続いた。
場所
50.63°N 3.06°E · フランス
関わった人(1)
ルイ・パスツールAD1822年12月27日–AD1895年9月28日 · 示した本文
**当時の説**。
(——**発酵とは、何か**。
**主流の見方**(**ユストゥス・フォン・リービッヒ**ら)。
〈**——**純粋な、化学の反応である**。
**——**糖が、**不安定な物質と接触して、**分解する**。
**そして、**酵母は、**その過程で生じる、副産物**にすぎない**。
**〈あるいは、**死んで崩れかけた有機物**が、**その分解を、伝播させる**。〉**
**——**リービッヒは、**当代最高の化学者の一人**である**。
**そして、**この見方が、**化学の主流だった**。〉
**反対の見方**。
〈**——**カニャール=ラトゥール**(1836年)、**シュヴァン**(1837年)。
**——**顕微鏡で、**酵母が、生きた、増殖する生物である**ことを、示した**。
**——**そして、**嘲笑された**。
**〈——リービッヒとヴェーラーが、**匿名で、風刺文を書いた**。**
**——「顕微鏡で見ると、**酵母は、蒸留器の形をした小さな動物であり、**
**糖を食べて、**尻から二酸化炭素を、膀胱から酒精を、出している**」。**
**——嘲笑である。〉**〉)
**リール**。
**1856年**。
(——**ルイ・パストゥール**(当時33歳)は、**リール大学理学部の、学部長**である**。
〈**——**新設の学部**である**。
**そして、**「地域の産業に、役立つ研究をせよ」**という方針が、**明確にあった**。〉
**そして、**ある学生の父親**が、**相談に来た**。
〈**——**ムッシュー・ビゴ**。**砂糖大根から、**アルコールを作る工場**を、経営していた**。
**問題——**発酵が、**しばしば、失敗する**。
**——**アルコールではなく、**酸っぱい、粘る液体**になる**。
**——**そして、**なぜそうなるのか、分からない**。〉
**——**パストゥールは、**工場へ、行った**。
**そして、**両方の樽から、**液を、採ってきた**。〉)
**顕微鏡**。
(——**見た**。
〈**(1)**正常に発酵した樽**。
**——**丸い、あるいは楕円の、酵母**が、**大量にいる**。
**そして、**芽を出して、増えている**。
**(2)**失敗した樽**。
**——**酵母が、少ない**。
**そして、**代わりに、**もっと小さい、**棒状のもの**が、**大量にいる**。
**〈——後に、**乳酸菌**と、分かる。〉**〉
**——**そして、**彼は、こう考えた**。
〈**——**発酵は、**生き物の営みである**。
**そして、**どの生き物が増えるかによって、**できるものが、違う**。
**——**酵母が増えれば、**アルコール**。
**——**別の菌が増えれば、**乳酸**。**あるいは、**酪酸**(——腐った臭い)。〉
**1857年、**論文**。
**『乳酸発酵についての覚書』**。
**そして、**1860年、『酒精発酵についての覚書』**。〉)
**酸素**。
(——**さらに、彼は、**別のことを、見つけた**。
〈**——**酵母は、**空気があると、**よく増える**が、**アルコールを、あまり作らない**。
**——**空気が無いと、**増えにくい**が、**アルコールを、作る**。
**——**「発酵とは、**空気の無いところでの、生命である**」**(要旨)。
**〈la vie sans air。〉**
**——**後に、**「パストゥール効果」**と呼ばれる**。〉)
**自然発生説**。
(——**そして、これが、**次の問題になった**。
〈**——**「では、その微生物は、**どこから来るのか**」**。
**当時の説——**自然発生**(generatio spontanea)。
**——**「腐りかけた有機物から、**自然に、生じる」**。
**〈——**フェリックス・プーシェ**が、**実験で、それを示したと主張していた**。〉**〉
**1861年、**白鳥の首フラスコ**。
〈**——**フラスコの首を、**細く、S字に曲げる**。
**そして、**中の液を、煮沸する**。
**——**空気は、**自由に、出入りできる**。
**——**しかし、**塵と微生物は、**曲がった部分の底に、**落ちて、溜まる**。
**——**結果**。
**〈——**何年、置いても、**腐らない**。**
**——そして、**フラスコを傾けて、**首に溜まった塵を、液に触れさせる**と、**
**——数日で、**腐る**。〉**
**——**決定的である**。
**〈——パストゥール自身が作ったフラスコのいくつかが、**パスツール研究所に、いまも、残っている**。**
**——中の液は、**160年、澄んだままである**。〉**〉
**そして、彼は、こう言った**。
〈**——**「自然発生説は、**この単純な実験の一撃から、**二度と、立ち直ることはないだろう」**(要旨、1864年のソルボンヌでの講演)。〉)
**低温殺菌**。
(**1864年**。
〈**——**ワインの、腐敗の問題**。
**——**ナポレオン3世が、**フランスのワイン産業のために、**パストゥールに、調査を依頼した**、とされる**。
**——**答え**。
**「ワインを、**55度から60度に、短時間、加熱すればよい」**。
**——**風味を損なわずに、**腐敗を起こす菌を、殺せる**。
**〈——沸騰させると、味が、変わってしまう。**
**——「ちょうど、殺せて、風味が残る温度」を、見つけた。〉**
**——**「パストゥリザシオン」**(pasteurisation)。
**そして、**後に、**牛乳に、応用された**。
**〈——結核菌、ブルセラ菌、そして腸チフス菌。**
**——牛乳による感染が、劇的に減った。**
**アメリカで、**1908年、シカゴが、**都市として最初に、義務づけた**。〉**〉)
**そして、病気へ**。
(——**論理の道筋**。
〈**(1)**発酵と腐敗は、**微生物が、起こす**。
**(2)**微生物は、**外から来る**。
**(3)**では——**病気も、そうではないか**。
**——**「病原菌説」**(germ theory)。〉
**そして**。
〈**——**1865年、**蚕の病気**(微粒子病)。
**——**フランスの養蚕業が、**壊滅しかけていた**。
**——**パストゥールが、**五年かけて、原因の微生物を特定し、**選別の方法を示した**。
**〈——この期間に、**父と、二人の娘を、亡くしている**。**
**——娘のうち二人は、腸チフスである。**
**〈——彼の五人の子のうち、三人が、幼くして病死した。**
**——彼が、感染症の研究に、生涯を賭けた背景として、しばしば語られる。〉〉**
**1877年から、**炭疽**。
**1879年、**鶏コレラ**——**弱毒化したワクチン**。
**〈——偶然である。**
**——休暇で放置した培養液が、弱くなっていた。**
**それを接種した鶏が、死ななかった。**
**そして、その鶏が、強い菌にも、耐えた。**
**——「観察の場において、偶然は、備えある心のみに味方する」。〉**
**1885年、**狂犬病のワクチン**。
**——**ジョゼフ・マイステル**(9歳)。〉
**そして、**ジョゼフ・リスター**が、**この考えを、**外科の消毒**に、応用した**。
〈**——**手術の死亡率が、**劇的に、下がった**。〉)
**そして**。
(——**一つの、砂糖大根の工場の相談**から、始まった**。
**——**「なぜ、この樽は、腐るのか」**。
**そして、**その答えが、**微生物学と、免疫学と、そして近代の医学**に、続いた**。)