概要
それまで絵具は、顔料を油で練って豚の膀胱に詰め、使うたびに針で穴を開けた。乾く。漏れる。持ち運べない。1841年、アメリカ人の画家ジョン・ゴフ・ランドが、錫の折りたためる筒に詰める方法を特許にした。絵具が保存でき、持ち運べる。屋外で、その場の光を見ながら描けるようになった。同じ頃、鉄道が郊外へ延びていた。ルノワールは後にこう言った。「絵具のチューブがなければ、セザンヌも、モネも、印象派もなかった」。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
**それ以前**。
19世紀の初めまで、画家は、絵の具を**自分で作った**。
工房の弟子の仕事である。
(1)**顔料**を、石の板の上で、乳棒ですりつぶす。 (2)**乾性油**(亜麻仁油、ケシ油)を少しずつ加えて、練る。 (3)粘りを見ながら、必要な分だけ作る。
作った絵の具は、**その日のうちに使わなければならない**。放っておけば、油が酸化して固まる。
**保存の試み**。
18世紀、**豚の膀胱**が使われた。
絵の具を詰め、紐で縛る。使うときは、**画鋲か針で穴を開けて**、押し出す。
問題。
- 穴を塞ぐのが難しい(象牙の栓を刺したが、漏れる)。 - 膀胱そのものが乾いて割れる。 - 一度開けたら、数日で固まる。 - 押すと破裂する。 - 持ち運ぶと、鞄の中で潰れる。
19世紀初め、ガラスの注射器状の容器も試された。重く、割れる。
**結果として**——**画家は、屋外で油彩を描けなかった**。
戸外では、鉛筆、木炭、水彩でスケッチをする。それを持ち帰って、工房で油彩の作品にする。
だから、19世紀前半までの風景画は、**工房で構成された風景**である。
(コンスタブルとターナーは屋外で油彩の習作を描いたが、それは小さな板に、限られた色で、短時間に描くものだった。)
**1841年**。
**ジョン・ゴフ・ランド**。アメリカ人の肖像画家。ロンドンに住んでいた。
彼は、**錫(すず)の、折りたためる筒**に絵の具を詰め、口をねじ蓋で閉じる方法を考案した。
1841年9月11日、イギリスで特許(第8863号)。
構造は、いまの絵の具のチューブと、ほとんど同じである。
- 柔らかい金属なので、押せば出る。 - 押した形のまま残るので、空気が入らない。 - 蓋を閉めれば、**何か月も保つ**。 - 軽い。鞄に入る。
**普及**。
ロンドンの画材商**ウィンザー・アンド・ニュートン**が、この特許を買った(あるいは、ランドと契約した)。
1842年から、チューブ入りの油絵具を売り出した。
(ランド自身は、事業に失敗し、貧困のうちに1875年に死んだ。彼の名は、長く忘れられていた。)
**新しい色**。
同じ時期、化学が新しい顔料を大量に供給していた。
- **クロム・イエロー**(1809年) - **カドミウム・イエロー**(1817年) - **合成ウルトラマリン**(1826年。天然の数百分の一の値段) - **コバルト・ブルー**(1807年) - **エメラルド・グリーン**(1814年。ヒ素を含み、有毒) - **セルリアン・ブルー**(1860年) - **ビリジアン**(1859年) - **ジンク・ホワイト**(鉛白より安全で、変色しない)
明るく、鮮やかで、安定した色が、安く手に入るようになった。
**鉄道**。
同じ時期、パリから郊外へ、**鉄道**が延びた。
- 1837年、パリ〜サン=ジェルマン。 - 1840〜50年代、ノルマンディー、そしてセーヌ沿いの村々へ。
アルジャントゥイユ、シャトゥー、ブージヴァル、ポントワーズ、エトルタ。
画家が、朝、パリを出て、絵の具の箱と折りたたみのイーゼルを持って郊外へ行き、夕方に帰る、ということが可能になった。
**戸外制作(プレネール)**。
三つが揃った。
**チューブ入りの絵の具**+**明るい合成顔料**+**鉄道**。
1860年代、**バティニョール**の画家たち——モネ、ルノワール、シスレー、バジール、ピサロ——が、屋外で、その場の光を見ながら、油彩の作品そのものを描き始めた。
(先行者がいる。1830年代からバルビゾンの画家たち〈コロー、ミレー、ルソー〉がフォンテーヌブローの森で描いていた。ただし彼らは、多くを工房で仕上げた。)
**彼らが描いたもの**。
同じ場所を、時刻を変えて描く。同じ積みわらを、朝と昼と夕方に。同じ大聖堂の正面を、30枚以上。
対象ではなく、**その瞬間の光**を描く。
そのためには、**その場で、速く**描かねばならない。光は数十分で変わる。
だから、絵の具は混ぜずに、並べて置く。筆触が残る。輪郭が消える。影は黒ではなく、補色の青と紫で描く。
(影が青いのは、事実である。晴れた日の影は、青空からの散乱光で照らされている。)
**1874年**、第1回印象派展。モネの『**印象、日の出**』から、批評家が揶揄的に「印象派」と呼んだ。
**ルノワールの言葉**。
彼の息子、映画監督の**ジャン・ルノワール**が、父の回想録『**ルノワール、わが父**』(1962年)に、こう記している。
「**チューブ入りの絵の具がなければ、セザンヌも、モネも、シスレーも、ピサロも、そして、後に印象派と呼ばれることになるものも、なかっただろう**」。
**その後**。
- **絵の具の箱**(ポショワール)。折りたたみのイーゼル、パラソル、そして道具一式。屋外制作の装備が商品になった。 - **ゴッホ**が、アルルで、麦畑の中に立って描いた。風でカンバスが飛ばされないよう、杭で固定した。 - 20世紀、アメリカの抽象表現主義。ジャクソン・ポロックは、絵の具を**缶**で買い、床に置いたカンバスに垂らした。チューブでは足りなかった。
**現在**。
錫は高価になり、いまのチューブはアルミニウムか、プラスチックの積層である。
しかし、形は1841年の特許図面と、ほとんど変わっていない。
(そして、歯磨き粉のチューブは、1892年、アメリカの歯科医ワシントン・シェフィールドが、絵の具のチューブを見て思いついたものである。)