概要
1973年、スタンフォード大学のスタンリー・コーエンとカリフォルニア大学のハーバート・ボイヤーは、ある生き物の遺伝子を切り取り、別の生き物の細胞に入れて働かせることに成功した。ボイヤーの持つ遺伝子を切る酵素と、コーエンの扱う大腸菌の小さな環状の遺伝子を組み合わせたのである。翌年にはカエルの遺伝子を大腸菌の中で増やした。生き物の設計図を人の手で書き換える時代が始まる。ボイヤーは会社を興し、1978年、大腸菌にヒトのインスリンを作らせた。いま糖尿病の患者が使うインスリンの多くは、こうして作られている。
場所
37.43°N -122.17°E · アメリカ・カリフォルニア州
本文
1960年代の終わり、細菌の中から、外から入ってきた遺伝子を決まった場所で切る酵素が見つかった。制限酵素である。細菌が、自分に入り込むウイルスの遺伝子を刻んで身を守るための仕組みだった。同じころ、細菌の中に、本体の遺伝子とは別に、小さな輪になった遺伝子、プラスミドがあることも分かってきた。プラスミドは細菌から細菌へ移り、抗生物質に負けない性質を運ぶ。
1972年11月、ハワイで開かれた学会で、スタンフォード大学のスタンリー・コーエンと、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のハーバート・ボイヤーが出会った。コーエンはプラスミドを大腸菌に入れる方法を持ち、ボイヤーはDNAを切ってくっつきやすい端を残す制限酵素を扱っていた。二人は夜のワイキキの店で、それを組み合わせる実験を話し合ったと伝えられる。
1973年、二人は、別々のプラスミドから切り取った遺伝子をつなぎ合わせ、大腸菌に入れて、両方の抗生物質に負けない菌を作ったと発表した。翌年には、アフリカツメガエルの遺伝子を大腸菌に入れ、菌が増えるたびにカエルの遺伝子も写し取られることを示す。種の壁を越えて遺伝子を移せることが分かった。この危うさが、翌年のアシロマ会議を呼ぶ。
スタンフォード大学は、この方法に特許を取り、世界中の会社から使用料を集めた。ボイヤーは1976年、投資家とともにジェネンテックを興す。1978年、大腸菌にヒトのインスリンを作らせることに成功し、1982年、遺伝子組み換えで作った初めての薬として認められた。それまでインスリンは、豚や牛のすい臓から取り出していた(インスリンの発見)。大学の発見が会社を生み、薬になるという流れは、その後のバイオテクノロジーの産業の型になった。作物への応用は遺伝子組み換え作物の登場へつながっていく。