概要
1953年11月3日、小津安二郎の映画『東京物語』が公開された。尾道に住む老いた夫婦が、東京で暮らす子どもたちを訪ねる。子どもたちはそれぞれの暮らしに忙しく、親をもてあます。温かく迎えたのは、戦争で死んだ次男の妻だけだった。低い位置から据えたカメラ、ほとんど動かない画面、淡々とした会話で、家族が少しずつ離れていくさまを描いた。公開当時は日本の家庭の話と見られたが、のちに海外で知られるようになり、2012年、イギリスの映画誌が映画監督たちに尋ねた投票で、史上最高の映画に選ばれた。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
小津安二郎は、戦前から家族を描き続けた映画監督である。戦後の『晩春』『麦秋』では、娘の結婚をめぐる父と娘の別れを描いた。1953年の『東京物語』は、そのあとの作である。脚本は、長く組んだ野田高梧と二人で、旅館にこもって書いた。
広島の尾道に住む老夫婦、周吉ととみが、東京に住む子どもたちを訪ねる。医者の長男は往診に追われ、美容院を営む長女は客の相手で手が離せない。二人は熱海の安い宿に追いやられ、騒がしさに眠れず、早々に帰ってくる。親身になって迎えたのは、戦争で死んだ次男の妻の紀子だけだった。尾道に帰ったあと、とみは倒れ、そのまま亡くなる。
カメラは畳に座った人の目の高さより低く据えられ、ほとんど動かない。人物は正面からカメラに向かって話す。劇的な出来事は画面の外で起き、残されるのは、何でもない会話と、長い沈黙と、港の町の風景である。周吉を演じた笠智衆は49歳で、70歳近い老人を演じた。紀子は原節子が演じている。
公開されたときの評判は高かったが、日本の家庭の話で外国には通じない、とも考えられていた。小津が海外で知られるようになったのは、1963年に亡くなったあとである。親と子が離れて暮らし、互いの暮らしに忙しくなるという話は、どこの国の家族にも通じた。2012年、イギリスの映画誌『サイト・アンド・サウンド』が世界の映画監督に尋ねた投票で、史上最高の映画に選ばれている。