鳩のカメラ
概要
ドイツの薬剤師ユリウス・ノイブロンナーは、近くの療養所との間で、処方箋や薬を伝書鳩に運ばせていた。あるとき一羽が霧で迷い、四週間も戻らなかった。どこを飛んでいたのか知りたくなった彼は、鳩の胸に付けられる小さく軽いカメラを作った。時計仕掛けで、飛んでいる途中に自動でシャッターが切れる。空から撮った町の写真は、博覧会で人々を驚かせた。飛行機がまだ珍しかった時代、軍はすぐにこれを偵察に使えないかと考えた。鳥は、手紙を運ぶものから、上から見るものになった。
場所
50.18°N 8.51°E · ドイツ・ヘッセン州
本文
ユリウス・ノイブロンナー(1852〜1932年)は、ドイツのフランクフルトの北西、タウヌスの山並みのふもとにある小さな町クロンベルクの薬剤師だった。父もこの町で薬局を営む薬剤師で、ユリウスはその跡を継いだ。
ノイブロンナーの薬局は、少し変わった配達の手段を持っていた。伝書鳩である。父の代から、近くの山あいの町にある療養所との間で、鳩を使って処方箋と薬をやり取りしていた。療養所の医師が処方箋を書いて鳩の脚に付けて放すと、鳩はまっすぐ薬局の鳩小屋へ帰ってくる。薬剤師はその処方で薬を調合し、今度は療養所で育った鳩に持たせて放す。急ぎの薬なら、一羽で七十五グラムほどまで運べたという。郵便や使いの者より、ずっと速かった。

伝書鳩は、遠く離れた場所からでも自分の巣へ帰ってくる習性を持つ。人はこの習性を、古代から通信に使ってきた。十九世紀の半ばには、ヨーロッパの株価の知らせを鳩で運ぶ商売もあった(ロイターの伝書鳩)。1870年に普仏戦争でパリが包囲されたときには、気球で町の外へ運び出された鳩が、ごく小さく写した手紙の写真を携えて包囲の中へ戻ってきた(包囲された都市から)。
あるとき、ノイブロンナーの鳩の一羽が、霧の中で迷って帰らなくなった。死んだものとあきらめていたところ、四週間ほどたって、その鳩はひょっこり戻ってきた。しかも、痩せるどころか、よく肥えていた。どこかで誰かに餌をもらって過ごしていたらしい。この鳩は、いったいどこを飛び、どこで何を見てきたのだろうか。ノイブロンナーは知りたくなった。

写真が趣味だった彼は、鳩の体に付けられる小さなカメラを作ることを思いついた。鳩が運べる重さには限りがあるから、カメラはできるだけ小さく、軽くなければならない。彼が作ったカメラは、重さが数十グラムほどで、革の帯で鳩の胸に留める。中には小さな時計仕掛けが入っていて、鳩を放してから決まった時間がたつと、自動でシャッターが切れる。鳩が空を飛んでいる途中で、真下や斜め下の景色が写る仕組みだった。
1907年、ノイブロンナーはこのカメラの特許を出願した。特許の役所は、初めはこれを退けた。鳩にカメラを背負わせて空から写真を撮るなど、できるはずがないと考えたのである。そこで彼は、実際に鳩が撮った写真を見せた。これが決め手になり、翌年、特許は認められた。

鳩が撮った写真には、クロンベルクの町の家並みや、山の上の古い城、周りの畑や森が、空からの角度で写っていた。写真の端に、羽ばたく鳩の翼の先が写り込んでいるものもある。カメラが鳩の胸に付いていたことを示す、何よりの証拠だった。
当時、空から見た町の写真は、きわめて珍しいものだった。人が空から写真を撮ったのは、1858年、フランスの写真家ナダールが気球に乗ってパリ近郊を写したのが最初とされる。人を乗せた気球が初めて空に浮かんでから、七十年あまり後のことである(人が浮かぶ)。その後も、空からの写真は、気球に乗って撮るか、凧にカメラを吊るして撮るしかなかった。ライト兄弟が初めて飛行機で空を飛んだのは1903年で、ノイブロンナーが特許を出したころ、飛行機はまだ数えるほどしかなかった。

1909年、ノイブロンナーはドレスデンで開かれた国際写真博覧会に、鳩とカメラを持ち込んだ。会場から鳩を放つと、鳩は空を飛んで写真を撮って帰ってくる。その写真はすぐに現像され、その場で絵葉書にして売られた。人々は驚き、絵葉書は飛ぶように売れたという。同じ年にフランクフルトで開かれた飛行の博覧会などでも、彼の鳩は人気を集めた。
これに目をつけたのが、軍だった。敵の陣地の上を鳩に飛ばせば、気付かれずに写真を撮ってこられるかもしれない。ノイブロンナーは軍に売り込み、第一次世界大戦では、ドイツ軍などが鳩のカメラを試した。移動する鳩小屋を戦場の近くまで運び、そこから鳩を放つという工夫も考えられた。だが、鳩は人の狙ったところを飛んでくれるわけではない。シャッターが切れる瞬間に、目当ての場所の上にいるとは限らなかった。戦争の間に飛行機が急速に進歩し、カメラを積んだ偵察の飛行機が空を飛び回るようになると、鳩のカメラの出番はほとんどなくなった。

それでも、鳩のカメラは忘れ去られたわけではなかった。物語「冷戦」のさなか、アメリカの情報機関は、ずっと小さく改良したカメラを鳩に付けて、空から写真を撮る方法を試している。目立たず、怪しまれずに空を飛べることは、鳥ならではの強みだった。
伝書鳩は、遠くへ手紙を運ぶ鳥だった。ノイブロンナーの鳩は、運ぶ鳥から、上から見る鳥になった。上から見るという営みは、その後、偵察の飛行機、地球を回る人工衛星、そしていまでは誰でも飛ばせる小さな無人機へと受け継がれていく。地図を作り、畑の実りを確かめ、災害の被害を見積もるのに、空からの目は欠かせないものになった。その道の早い一歩を踏み出したのは、迷子になった鳩の行き先を知りたいと思った、町の薬屋だった。