概要
ベルリンとパリの間に電信線が引かれたが、アーヘンとブリュッセルの約120キロが繋がっていなかった。この空白を、ポール・ロイターが鳩で埋めた。ブリュッセルの株価を薄い紙に書いて鳩に付け、二時間でアーヘンへ運び、そこから電信でベルリンへ送る。郵便列車より数時間速い。翌年、線が繋がって鳩は不要になったが、彼はロンドンへ移り、通信社を作った。情報が速く着くことに、それ自体の値段が付くと分かった時期である。
場所
50.78°N 6.08°E · ドイツ
本文
**空白**。
1840年代、ヨーロッパに電信線が引かれ始めた。
ドイツ側——**ベルリンからアーヘン**まで、線が通じた。
フランス・ベルギー側——**パリからブリュッセル**まで、通じた。
**しかし、その間が繋がっていなかった**。
**アーヘンとブリュッセルの間、約120km**。
(プロイセンとベルギーの、国境をまたぐ区間である。技術的な問題ではなく、二国間の交渉と、地形と、資金の問題だった。)
そのため、パリからベルリンへ情報を送るには——
パリ → ブリュッセル(電信)→ **アーヘンまで、郵便列車で約9時間** → ベルリン(電信)。
**この9時間が、金になる**。
**パウル・ユリウス・ロイター**。
1816年、ドイツの**カッセル**生まれ。本名 **イスラエル・ベーア・ヨザファト**。
ユダヤ教のラビの子。
(1845年、ロンドンでキリスト教(ルター派)に改宗し、**ポール・ジュリアス・ロイター**と改名した。)
若い頃、ゲッティンゲンの銀行で働いた。
そこで、**カール・フリードリヒ・ガウス**に会った、という話が伝わっている。
(ガウスは、当時、ヴェーバーとともに、**電磁式の電信**の実験をしていた。世界最初期の電信である。
——この出会いが、彼の関心を決めた、とされる。ただし、この逸話の史料的な裏づけは、確かではない。)
1848年、ベルリンで書店と出版に関わり、革命期の政治的なパンフレットを出した。
**革命が失敗し、彼は追われた**。パリへ逃げた。
**パリ**。
彼は、**シャルル=ルイ・アヴァス**の通信社(1835年設立。世界最初の通信社。後のAFP)で働いた。
そこで、**情報を売る商売**を、実地に学んだ。
そして、独立した。
**1850年、アーヘン**。
彼は、この町へ移り、**鳩を使った**。
**仕組み**。
- ブリュッセルで、**株価と商品相場**を受け取る。 - それを、**極めて薄い紙**に、小さな字で書く。 - **鳩の脚**に、袋で括り付ける。 - 放つ。
**約2時間**で、アーヘンに着く。
(一羽が飛ぶ距離としては、標準的である。ただし、鷹に襲われる、道に迷う、そして撃たれる、という危険がある。
だから、**同じ内容を、複数の鳩に持たせて、同時に放った**。)
アーヘンで受け取り、**電信でベルリンへ送る**。
**郵便列車より、6〜7時間速い**。
**規模**。
彼が飼っていた鳩——**約45羽**。
(一説に、200羽。数字には幅がある。)
**顧客**——銀行家と、商人。
(相場の情報が、数時間早く手に入れば、それは金になる。彼は、その差額を売った。)
**終わり**。
**1851年**、アーヘン〜ブリュッセル間の電信線が、**開通した**。
**鳩は、不要になった**。
**彼の商売は、1年で消えた**。
**ロンドンへ**。
**1851年**、同じ年。
**ドーヴァー海峡に、海底ケーブルが通じた**。
(イギリスと大陸が、初めて電信で繋がった。)
ロイターは、**ロンドンへ移った**。
王立取引所の近くに、**二部屋**を借りた。
(一つは事務所、一つは住居である。)
「**ロイター海底電信社**」。
**苦戦**。
- ロンドンの新聞は、彼の情報を買わなかった。
(自前の特派員を持っていたし、外国のニュースを重視していなかった。)
- 最初の顧客は、**新聞ではなく、商人と株の仲買**だった。
**転機**。
**1858年**、『**タイムズ**』を除く主要各紙が、彼と契約した。
(『タイムズ』は、自前の網に自信を持っていて、最後まで抵抗した。)
**1859年**、ナポレオン3世の演説。
(イタリア統一戦争の開戦を示唆した、重要な演説である。)
ロイターは、その内容を、**他社より早く**ロンドンへ送った。
株式市場が動いた。
**そして、1865年**。
**リンカーン暗殺**。
彼は、この報せを、**ヨーロッパで最初に伝えた**。
(4月14日〈現地時間〉に暗殺され、彼の電報が、ロンドンに着いたのが4月26日。
方法——アメリカからの船が、アイルランド沖の**クロンアキルティ**に着く前に、彼が置いた通信員が、船から投げられた密閉した缶を小舟で拾い、陸の電信局から送った。
〈大西洋横断ケーブルは、まだ通じていない。1866年である。〉)
これで、ロイターの名が、決定的になった。
**その後**。
- 1865年、株式会社化。 - 1872年、ペルシアで、鉄道と鉱山と銀行の広大な利権を得た(**ロイター利権**)。ロシアと、ペルシア国内の反対で、大部分が撤回された。
(この利権は、当時「一国が外国人に与えた、史上最も広範な譲歩」と評された。)
- 1878年、引退。1899年、死去。
**通信社という商売**。
19世紀に、三つの通信社が、世界を分割した。
- **アヴァス**(フランス、1835年)——フランス、地中海、ラテンアメリカ。 - **ヴォルフ**(ドイツ、1849年)——ドイツ、オーストリア、北欧、ロシア。 - **ロイター**(イギリス、1851年)——**イギリス帝国、そして極東**。
(1870年、三社が協定を結び、**取材の縄張りを分けた**。「リング・コンビネーション」。
この分割は、そのまま、**帝国の勢力圏**と重なっている。
情報の網は、支配の網の上に敷かれた。)
**ロイターの原則**。
彼が確立したことが、いまも通信社の基本にある。
- **速さ**。 - **正確さ**。(誤報を出せば、信用が消える。信用が、商品そのものである。) - そして——**意見を書かない**。
(事実だけを送る。解釈は、買った新聞がする。
——これは、道徳ではなく、**商売の必要**から生まれた。政治的な立場の違う複数の新聞に、同じ記事を売るためには、意見を含めてはならない。)
**現在**。
ロイターは、2008年にトムソン社と合併し、**トムソン・ロイター**になった。
そして、その収入の大半は、いまも**報道ではなく、金融の情報端末**から来ている。
(相場の情報を、他人より速く売る。170年前、アーヘンで鳩を放っていたときと、同じ商売である。)