概要
エジソンの直流とテスラの交流が争った。エジソン側は公開の場で動物を感電させて交流の危険を示した。勝ったのは交流で、世界の送電はそれに倣う。
場所
ニューヨーク
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
関わった人(1)
ニコラ・テスラAD1856年7月10日–AD1943年1月7日 · 交流側本文
エジソンは直流を売っていた。
発電所を建て、電線を引き、電球を売る。
問題は、直流が遠くへ送れないことだった。
電圧を上げられないので、 1キロ程度で電圧が落ちる。
街ごとに発電所が要る。
交流は、変圧器で電圧を上げて送れる。
使う場所で下げればいい。
テスラが実用的な交流モーターを作り、 ウェスティングハウスがその特許を買った。
エジソンは、交流の危険を訴えた。
公開の場で動物を感電させてみせた。
電気椅子に交流を使わせ、 「ウェスティングハウス処刑」という語を広めようとした。
1893年のシカゴ万博の照明を、交流が取った。
1895年、ナイアガラの発電所が交流で建つ。
決着がついた。
いま世界の送電は、ほぼ全部が交流になる。
テスラは、特許料を放棄した。
ウェスティングハウスの資金繰りを助けるためだった。