『収奪された大地』の刊行
概要
ラテンアメリカ500年の歴史を、金と銀とゴムと砂糖とコーヒーが持ち去られた記録として書いた。チリ、アルゼンチン、ウルグアイの軍事政権が発禁にし、著者は亡命した。
場所
-34.60°N -58.38°E · アルゼンチン
関わった人(1)
エドゥアルド・ガレアーノAD1940年9月3日–AD2015年4月13日 · 著者本文
1960年代のラテンアメリカは、熱を帯びていた。1959年のキューバ革命は、アメリカ合衆国のすぐ南で、外国資本と大地主に支えられた体制を倒せることを示した。経済学者たちは「従属理論」を唱え、この地域が貧しいのは発展が遅れているからではなく、世界の経済の中で原料を安く売り、製品を高く買わされる位置に固定されているからだ、と論じた。一方で、各地で軍がクーデターを起こし、左派の運動を力で押さえつけていた。
エドゥアルド・ガレアーノは1940年、ウルグアイのモンテビデオに生まれた。10代から政治の漫画を描き、20代で週刊誌『マルチャ』の編集にかかわったジャーナリストだった。経済の専門家ではない。その彼が、1970年の終わりに、ラテンアメリカの500年の歴史を一冊にまとめる仕事に取りかかった。本人によれば、90の夜で書き上げたという。翌1971年に出版されたのが『ラテンアメリカの切り開かれた血管』、日本では『収奪された大地』の題で知られる本である。

本は、品物ごとに章を立てる。アンデスのポトシ銀山の開発から掘り出された銀、ブラジルのミナスジェライスの金、カリブ海とブラジル北東部の砂糖、アマゾンのゴム、中米のバナナ(ユナイテッド・フルーツと「バナナ共和国」)、ブラジルのコーヒー、チリの銅、ボリビアの錫、ベネズエラの石油。どの章も同じ筋をたどる。資源が見つかり、外から人と資本がやって来て、先住民や奴隷や貧しい労働者を使って掘り出し、栽培し、港から運び出す。富は大西洋の向こうか北の大国へ流れ、あとには掘り尽くされた山と、やせた土地と、貧しい人びとが残る。冒頭でガレアーノは、国と国のあいだの分業とは、ある国々が勝つことに、ほかの国々が負けることに特化することだ、と書いている。
この本が多くの人を引きつけたのは、統計と史料を、怒りと皮肉のこもった文章で語ったからである。ポトシの銀でヨーロッパに橋が架けられるほどだったと言われながら、その鉱山で死んだ先住民の数を並べる。バナナ会社が中米の政府を作っては倒した経緯を、新聞記事のような速さで追う。学術書ではなく、告発の書として書かれていた。
刊行の2年後の1973年、ウルグアイとチリで相次いで軍がクーデターを起こした(チリのクーデター)。この本は、チリ、ウルグアイ、そして1976年にクーデターの起きたアルゼンチンの軍事政権によって禁書にされた。ガレアーノはウルグアイで短いあいだ投獄されたのち、アルゼンチンのブエノスアイレスに逃れて雑誌を創刊したが、そこでも軍政が始まると暗殺される者の名簿に載り、スペインへ亡命した。禁じられたことで、本はかえって評判を呼び、こっそり回し読みされた。ウルグアイが民政に戻った1985年、ガレアーノは帰国した。

本は数十の言語に訳され、ラテンアメリカの大学や運動の中で長く読まれた。一方で、批判も根強い。すべての貧しさを外からの収奪で説明し、地域の内側の政治や制度の問題を軽く見ている、という批判である。1990年代には、この本を「ラテンアメリカの愚か者の聖書」とからかう本まで出た。同じ500年を、制度の違いから説明しようとする歴史家たちもいる。
2009年、トリニダード・トバゴで開かれた米州首脳会議で、ベネズエラのチャベス大統領(チャベス政権)が、就任したばかりのアメリカのオバマ大統領にこの本を手渡した。その様子が報じられると、刊行から40年近くたった本が、インターネット書店の売り上げの上位に一気に跳ね上がった。

2014年、ブラジルの書籍見本市で、晩年のガレアーノは自分の代表作について問われ、驚くような答えをした。もう一度読み返すことはできない、読めば倒れてしまうだろう、あの伝統的な左派の文章は自分にはひどく重たい、と。経済や政治の素養が足りないまま書いた本だった、とも語った。この発言は、自説の撤回と報じられもしたが、本人はのちに、若いころに書いたものの文体を振り返っただけで、本に書いたことを否定したのではないと説明している。ガレアーノはその翌年、2015年にモンテビデオで死んだ。この本が投げかけた問い、なぜ豊かな大地に貧しい人びとが住むのか、は、いまもラテンアメリカの歴史を考える出発点の一つになっている(物語「『収奪された大地』で読むラテンアメリカ」)。