概要
1951年1月3日、NHKのラジオで、女性の歌い手の紅組と男性の白組が交互に歌って勝ち負けを競う番組が放送された。「紅白歌合戦」の第一回である。紅と白に分かれて競うのは、源平の合戦の旗の色に由来するとされる。1953年の暮れの第4回からは大晦日の夜に移り、テレビでも放送されるようになった。1963年には視聴率が81.4パーセントに達している。一年の終わりに家族が同じ番組を見るという習わしを作り、その年の流行歌を国じゅうで確かめ合う場になった。
場所
東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
紅白歌合戦のもとになったのは、敗戦の年の大晦日に放送されたラジオ番組「紅白音楽試合」だった。はじめは「歌合戦」と名づけるつもりだったが、「合戦」という言葉を占領軍が嫌ったため、「試合」にしたという。
1951年1月3日、正月の特別番組として、第一回の「紅白歌合戦」がNHKのラジオで放送された。女性の紅組と男性の白組が七組ずつ、一時間ほどで交互に歌う。紅と白の組分けは、源氏の白旗と平家の赤旗に由来すると言われる。第三回までは正月の番組だった。
1953年、テレビの本放送が始まったこの年の暮れ、第四回は大晦日の夜に移され、ラジオとテレビで同時に放送された。以来、紅白は一年の締めくくりの番組になる。1963年の第十四回の視聴率は81.4パーセントで、この番組の最高になっている。その年に出場できるかどうかは、歌い手にとって一年の評価そのものだった。
家族がこたつに集まり、同じ番組を見て、除夜の鐘を聞いて年を越す。紅白は、その過ごし方の型を作った。好みが分かれ、一家に何台もの画面がある時代になって視聴率は下がったが、いまも大晦日のいちばん見られる番組であり続けている。