概要
ジョンズ・ホプキンス病院で、31歳の黒人女性ヘンリエッタ・ラックスが子宮頸がんの治療を受けた。担当医が、本人に知らせず腫瘍の一片を研究室に送った。その細胞は、それまでのどの細胞株とも違い、培養皿の中で無限に増え続けた。彼女はその年に死に、細胞は生き続けた。ポリオワクチンの試験、遺伝学、宇宙実験、無数の論文。家族が事実を知ったのは20年以上後で、その間、医療費に苦しんでいた。同意とは何かを問う事件になった。
場所
39.29°N -76.61°E · アメリカ・メリーランド州
関わった人(1)
ヘンリエッタ・ラックスAD1920年8月1日–AD1951年10月4日 · 由来となった本文
**ヘンリエッタ・ラックス**。1920年、ヴァージニア州ローノーク生まれ。本名ロレッタ・プレザント(改名の経緯は不明)。曽祖母は奴隷で、彼女が育った家は、その奴隷小屋だった。
母が10人目の子を産んで死に、彼女は祖父に引き取られた。タバコ畑で働いた。14歳で最初の子。20歳で従兄デイヴィッド(デイ)と結婚。1941年、造船所の仕事を求めて、一家はメリーランド州ボルティモア近郊へ移った。
5人の子の母。
**1951年1月29日**。31歳。彼女は腹部の痛みと出血で、ジョンズ・ホプキンス病院に来た。この地域で、黒人を診る数少ない大病院だった。診察は、有色人種用の病棟で行われた。
子宮頸がん。進行が異常に速い型だった。
治療はラジウムの管を子宮頸部に当てるもの。その処置の際、担当医ハワード・ジョーンズが、腫瘍の組織と、正常な組織の小片を切り取った。
**本人には知らされていない。同意も取られていない**。当時、これは違法ではなかった。標準的な慣行ですらあった。
**研究室**。組織は、同じ病院の**ジョージ・ゲイ**の研究室に送られた。彼は20年以上、人間の細胞を体外で無限に増やす(不死化細胞株を作る)ことに挑み、失敗し続けていた。
通常、切り出した細胞は培養皿の中で数回分裂して、死ぬ。
ヘンリエッタの細胞は、死ななかった。24時間で倍に増えた。増え続けた。
ゲイは、患者の姓名の最初の2文字ずつを取って、試験管に **HeLa** と書いた。
**1951年10月4日**、ヘンリエッタ・ラックスは死んだ。31歳。全身に転移していた。ボルティモアから南のヴァージニア州クローバーの家族の土地に、石のない墓に葬られた。
**細胞の旅**。
ゲイは、HeLa細胞を、求める研究者に無償で送った。
1952年、ポリオのワクチンの開発で、ウイルスを大量に培養する細胞が必要になった。HeLaは、ポリオウイルスに感受性があり、大量に増やせた。タスキーギ大学(皮肉なことに)に「HeLa工場」が作られ、週に2万本の試験管が全米に送られた。
以後の使用例。
- 細胞をウイルスに感染させる実験(がんウイルス学) - 染色体の数の確定(1956年、人の染色体が46本と確定したのは、HeLaを含む培養細胞の観察による) - 細胞の融合(人と鼠の細胞を融合させ、遺伝子の位置を特定する) - 放射線と毒物の影響 - 宇宙(1960年、ソ連の衛星に載せられた) - 核実験の影響の研究 - がんの薬のスクリーニング - HPVががんを起こすことの証明(ハラルト・ツア・ハウゼン、2008年ノーベル賞。彼はHeLaの中にHPV18の配列を見つけた)
推定で、これまでに培養された総重量は5000万トン以上。7万本以上の論文で使われた。
**家族**。
家族は、何も知らなかった。
1973年、ある研究者が、HeLaが他の細胞株を汚染している問題(HeLaは強すぎて、他の培養に混ざると乗っ取ってしまう)を調べるため、家族の血液サンプルを求めて連絡してきた。
家族は、電話の内容を理解できなかった。「母の細胞が生きている」と言われた。がん検査をされているのだと思った者もいた。
夫デイは、字が読めなかった。子どもたちの一人、デボラは、母の細胞が「宇宙に行った」「原爆の実験に使われた」という断片的な話に、何年も苦しんだ。母がどこかで痛みを感じているのではないか、と。
家族には、一切の金銭が渡っていない。その間、HeLa細胞を売る企業は利益を上げ、家族の何人かは医療保険を持てずにいた。
**その後**。
2010年、レベッカ・スクルートの『**ヘンリエッタ・ラックスの不死なる人生**』が出版され、広く読まれた。著者は印税の一部で家族のための基金を作った。
2013年、ドイツの研究チームがHeLaの全ゲノム配列を、家族の同意なしに公開した。抗議を受けて取り下げられた。
同年、米国立衛生研究所(NIH)と家族の間で合意が成立した。HeLaのゲノムデータへのアクセスを審査する委員会に、ラックス家の代表2名が加わる。
2021年、家族はサーモフィッシャー社を提訴した(2023年に和解)。
1996年、ジョンズ・ホプキンス大学が初めて彼女を公式に顕彰した。2010年、彼女の墓に、初めて墓石が置かれた。
刻まれている。「ヘンリエッタ・ラックス。HeLa。彼女の不死の細胞は、人類に永遠に益するだろう。安らかに眠れ」。