楽浪郡の設置

概要
衛氏朝鮮を滅ぼして郡を置いた。漢の制度と文物が朝鮮半島から日本へ伝わる経路になる。
場所
38.98°N 125.72°E · 朝鮮民主主義人民共和国・平壌付近
関わった人(2)
漢の武帝BC156年–BC87年 · 命令衛満その孫の国が滅んだ本文
紀元前2世紀の初め、朝鮮半島の北西部には古朝鮮と呼ばれる国があった。紀元前194年ごろ、漢の初めの混乱を逃れて燕の地から亡命してきた衛満が、ここの王を追い出して自ら王となった。衛氏朝鮮である(衛満朝鮮)。都は王険城、いまの平壌のあたりにあったと考えられている。衛満は漢の外臣として周辺の部族を従え、漢と半島南部の国々との間の交易を押さえて栄えた。
孫の右渠の代になると、衛氏朝鮮は漢の言うことを聞かなくなり、南の国々が漢に使者を送ろうとするのも妨げた。北の匈奴と、西南の南越を相次いで討っていた漢の武帝は、この東の国にも目を向けた。紀元前109年、漢の使者が帰りぎわに見送りの朝鮮の役人を殺す事件が起き、これをきっかけに両国は戦いになった。

武帝は海と陸から兵を送った。楊僕の水軍は山東から海を渡り、荀彘の陸軍は遼東から進んだ。だが王険城の守りは固く、二人の将軍は仲が悪くて足並みがそろわなかった。包囲は1年近く続いた。紀元前108年、城内で和を求める大臣たちが右渠を殺し、城はまもなく降った。武帝はこの地に、楽浪・真番・臨屯・玄菟の四つの郡を置いた。漢の郡は、皇帝が任じた太守が治め、その下に県が置かれる、中国本土と同じ仕組みの行政区画である。
遠く離れた四つの郡は、維持するのが難しかった。紀元前82年には真番郡と臨屯郡が廃され、玄菟郡も土地の人々の抵抗を受けて西へ移された。最後まで残ったのが、平壌を中心とする楽浪郡だった。『漢書』の地理志は、楽浪郡に25の県があり、人口は40万あまりだったと記している(『漢書』の完成)。

楽浪郡の役所が置かれたのは、平壌の大同江の南岸とされる。20世紀の前半、日本の研究者がこの一帯を発掘し、土の城壁の跡や、「楽浪礼官」と記された瓦、役所の文書に押した封泥などを見つけた。周りの丘には中国風の木の部屋を持つ墓や煉瓦造りの墓が何千基も広がり、中から漆塗りの器や銅鏡、印章、絹織物が出た。漆器の中には、四川の官営の工房で作られたことを示す銘を持つものもあった。遠く中国の西南で作られた品が、半島の北の果てまで運ばれていたのである。戦後、北朝鮮の研究者が発掘した墓からは、紀元前45年の楽浪郡の県ごとの戸数と人口を記した木の板や、『論語』を書いた竹簡も見つかっている。
楽浪郡に住んだのは、中国から移ってきた役人や商人、兵士だけではなかった。土地の人々の首長たちも、郡から官位や印を受け、漢の暮らしぶりを取り入れていった。郡は漢の皇帝の支配を押し広げるための拠点であると同時に、漢の文字、制度、鉄器、絹、鏡、そして儒学が、半島の人々にじかに触れる窓口になった。

楽浪郡の向こうの海には、倭人がいた。『漢書』地理志には、楽浪の海の中に倭人がいて、100あまりの国に分かれ、定まった時期に貢ぎ物を持ってくるという、と書かれている。これが、日本列島の人々について記した最も古い確かな文章である。倭の人々は、まず楽浪郡にやって来て、漢の品々を手に入れていた。北部九州の弥生時代の墓から出る漢の鏡や鉄の道具の多くは、この道を通って運ばれたと考えられている。紀元57年に後漢の光武帝から倭の奴国の王に与えられた金印も、楽浪郡を経由した使者の往来の上にあった。
2世紀の末、漢が衰えると、遼東で自立した公孫氏が楽浪郡を支配下に置き、その南に帯方郡を新たに作った(公孫氏の帯方郡)。238年、魏が公孫氏を滅ぼして両郡を取った。その翌年、倭の女王卑弥呼が魏に使いを送ったのは、帯方郡を通してのことである(卑弥呼の遣使)。
4世紀に入ると、中国は八王の乱と五胡の侵入で混乱し、遠い東の郡を支える力を失った。北から勢力を伸ばしてきた高句麗は、313年、楽浪郡を攻め取った。漢の武帝が郡を置いてから、420年あまりが過ぎていた。帯方郡もまもなく滅び、中国の王朝が朝鮮半島に直接持っていた郡は姿を消した。高句麗に仏教が伝わったのは、それから半世紀あまり後のことである(高句麗への仏教伝来)。
楽浪郡がどこにあったのかについては、いまも議論がある。平壌の遺跡と出土品からみて平壌の一帯だとするのが一般的な見方だが、北朝鮮や韓国の一部の研究者は、楽浪郡はもっと西の遼東にあったと主張し、平壌の遺跡は土地の人々が中国の文物を取り入れたものだと説明している。古代の中国による支配をどう見るかという問題が、この議論の背景にある。
支配のために置かれた郡が、結果として文物の中継地となった。楽浪郡の400年あまりの間に半島と列島に流れ込んだ文字と鉄と制度は、やがて高句麗・百済・新羅、そして倭の国家づくりの土台の一部になっていく。