概要
匈奴と戦い、西域へ使者を送って交易路を開いた。儒学を官学とする。
所属
前漢関わったできごと(4)
張騫の西域派遣BC138年 · 派遣南越の征服BC111年 · 攻めた楽浪郡の設置BC108年 · 命令大宛遠征(汗血馬)BC104年 · 求めた本文
54年在位した。
前半と後半で、まるで違う。
前半は、拡張になる。
匈奴に対して攻勢に転じた。 衛青と霍去病を将として、 草原の奥まで遠征させている。
張騫を西域へ送り、 南は南越を、東は衛氏朝鮮を滅ぼした。
儒学を官学とした。 董仲舒の建議による。 以後2000年、儒教が国家の学問になる。
後半は、その代償が来る。
遠征の費用で財政が破綻した。 塩と鉄を専売にし、 均輸法・平準法で物価に介入した。
巫蠱の獄で、皇太子を死に追いやっている。
晩年、輪台の詔で 遠征をやめると自ら宣言した。
拡張した皇帝が、 自分でそれを止めると書き残した。