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Event / できごと

文化闘争

Kulturkampf
AD1871年
重要度 3
デンマークオスマン帝国Turanペルシアスウェーデン=ノルウェーオーストリア帝国エジプトスペインフランスモロッコAlgiersグレートブリテン及びアイルランド連合王国プロイセン両シチリア王国バイエルンTunisサルデーニャ王国TripolitaniaハノーファーCyrenaicaAD1871年ベルリン
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1871年の版図を描いています(20勢力)。

概要

ドイツ帝国ができたばかりの1871年、宰相ビスマルクは、ローマ教皇に従うカトリック教会が国の中の国になることを恐れた。学校の監督を教会から国に移し、イエズス会を追放し、結婚は役所に届け出るものに改め、従わない司教や司祭を投獄する。だが信者たちはかえって結束し、カトリックの政党は議席を増やした。ビスマルクは十年足らずで矛先を社会主義者へ移し、多くの法を緩めた。国家と宗教の境をどこに引くかをめぐる争いだった。

場所

ベルリン
52.52°N 13.40°E · ドイツ

本文

国の中の国。

ドイツ帝国の成立の直後、1871年。

(1)宰相ビスマルクは、ローマ教皇に従うカトリック教会を恐れた。

(2)そして、教会が国の中の国になることを恐れた。

学校と結婚。

打った手。

(1)学校の監督を、教会から国に移した。

(2)そして、イエズス会を追放した。

(3)さらに、結婚は、役所に届け出るものに改めた。

(4)そして、従わない司教や司祭を投獄した。

結束する信者。

信者たちは、かえって結束した。

(1)カトリックの政党は議席を増やした。

(2)そして、ビスマルクは十年足らずで、矛先を社会主義者へ移した。

残ること。

国家と宗教の境を、どこに引くか。

弾圧は、弾圧された側を強くすることがある。

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