概要
ドイツ帝国ができたばかりの1871年、宰相ビスマルクは、ローマ教皇に従うカトリック教会が国の中の国になることを恐れた。学校の監督を教会から国に移し、イエズス会を追放し、結婚は役所に届け出るものに改め、従わない司教や司祭を投獄する。だが信者たちはかえって結束し、カトリックの政党は議席を増やした。ビスマルクは十年足らずで矛先を社会主義者へ移し、多くの法を緩めた。国家と宗教の境をどこに引くかをめぐる争いだった。
場所
ベルリン
52.52°N 13.40°E · ドイツ
52.52°N 13.40°E · ドイツ
本文
国の中の国。
ドイツ帝国の成立の直後、1871年。
(1)宰相ビスマルクは、ローマ教皇に従うカトリック教会を恐れた。
(2)そして、教会が国の中の国になることを恐れた。
学校と結婚。
打った手。
(1)学校の監督を、教会から国に移した。
(2)そして、イエズス会を追放した。
(3)さらに、結婚は、役所に届け出るものに改めた。
(4)そして、従わない司教や司祭を投獄した。
結束する信者。
信者たちは、かえって結束した。
(1)カトリックの政党は議席を増やした。
(2)そして、ビスマルクは十年足らずで、矛先を社会主義者へ移した。
残ること。
国家と宗教の境を、どこに引くか。
弾圧は、弾圧された側を強くすることがある。