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Event / できごと

ロンドン万国博覧会

Great Exhibition
AD1851年5月1日
重要度 5

概要

ハイド・パークに、鉄とガラスで、長さ563メートルの温室。水晶宮。9か月で建て、600万人が来た。イギリスの人口の3分の1。蒸気機関、機関車、電信、コルト拳銃、コ・イ・ヌール、印度の象牙の玉座。「万国の産業の作品」。アルバート公が仕切った。利益で自然史博物館とヴィクトリア・アンド・アルバート博物館。産業革命の勝利宣言。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

関わった人(1)

ヴィクトリア女王AD1819年5月24日–AD1901年1月22日 · 開会した

本文

アルバート公(ヴィクトリアの夫、ドイツ人)が王立芸術協会のヘンリー・コールと考えた。フランスは国内の産業博覧会を1798年からやっていた。イギリスは「万国」の博覧会を。全部の国の、産業の作品を、一つの建物に。

建物の公募で245案が出て、全部却下された。庭師のジョゼフ・パクストン(チャッツワースの温室を作った)が、鉄道の会議中に吸い取り紙に描いた図が採用された。鉄の柱と梁、ガラス板30万枚、木の桁。部品を工場で作って、ハイド・パークで組み立てた。8か月。長さ563メートル、幅124メートル、高さ33メートル。中にニレの木がそのまま立っていた。『パンチ』が「水晶宮」と名づけた。

1851年5月1日、ヴィクトリアが開いた。「私の人生で最も偉大な日」と日記に書いた。10月15日まで。604万人。イギリスの人口の3分の1。鉄道の団体割引で地方の労働者が来た。入場料は初め3ポンド、あとは1シリング。トマス・クックが団体旅行を組んだ。

10万点。半分がイギリスと植民地、半分が外国。蒸気ハンマー、ジャカード織機、マコーミックの刈取機(アメリカ)、コルトのリボルバー、ダゲレオタイプ、電信機、水洗便所(ジョージ・ジェニングスの「モンキー・クローゼット」。使用料1ペニー。「to spend a penny」の語源)。コ・イ・ヌール(インドから、前年に女王に献上された)。ジャイプルの象牙の玉座。中国の陶磁器。

利益18万6000ポンド。サウス・ケンジントンの土地を買って、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、自然史博物館、科学博物館、ロイヤル・アルバート・ホール、帝国大学(インペリアル・カレッジ)。「アルバートポリス」。

水晶宮はシデナムに移して1854年に再建され、1936年に焼けた。1855年、パリが真似をした。万博の時代。

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