概要
パスカルとライプニッツ以来、計算機は作られてきたが、どれも一点物で、壊れやすく、実用にならなかった。保険会社の経営者トマ・ド・コルマーは、段付きの歯車を使う機構を1820年に特許にし、その後三十年をかけて、毎日使っても狂わない機械に仕上げた。四則が扱える。1851年から量産に入り、以後半世紀で数千台が売れた。買ったのは保険会社、天文台、測量局、そして軍である。事務の現場に機械が入った最初である。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
**それまで**。
**計算機は、作られてきた**。
(**1623年、**ヴィルヘルム・シッカート**(テュービンゲン)。
〈**——**ケプラーに宛てた手紙に、図が描かれている**。
**実物は、**火事で焼けた**。
**そして、**忘れられた**。**1950年代に、手紙が再発見された**。〉
**1642年、**パスカリーヌ**(ブレーズ・パスカル、19歳)。
〈**——**父が、税務官だった**。**その計算を、助けるため**。
**足し算と引き算のみ**。
**約20台が作られ、**そして、**高価で、壊れやすかった**。〉
**1673年、**ライプニッツ**。
〈**——**段付き歯車**(Staffelwalze)**を発明した**。
**これで、**掛け算と割り算**ができる**。
**——**しかし、**実物は、まともに動かなかった**。
**〈桁上がりの機構に、欠陥があった。二台作られ、現存する一台は、1893年に屋根裏で発見された。〉**〉
**——**つまり**。
**二百年間、**構想はあったが、実用の機械は、無かった**。〉)
**なぜ、難しいか**。
(**(1)**桁上がり**。
〈**——**9に1を足すと、**次の桁へ、繰り上がる**。
**そして、**999,999 に 1 を足すと、**六桁が、連鎖して繰り上がる**。
**——**そのとき、**歯車を回すのに、大きな力が要る**。
**そして、**どこかで、引っかかる**。〉
**(2)**加工の精度**。
〈**——**歯車を、**均一に、正確に作る**必要がある**。
**手作りでは、**一台ごとに、癖がある**。〉
**(3)**耐久性**。
〈**——**毎日、何百回も回す**。
**そして、**摩耗する**。〉)
**人**。
**シャルル・グザヴィエ・トマ・ド・コルマー**(1785〜1870年)。
(——**数学者ではない**。
**保険会社の、経営者**である**。
〈**「フェニックス」**、そして**「ソレイユ」**——**フランスの、大手の火災保険会社**。
**彼が、創立者の一人であり、経営者である**。〉
**——**つまり、**毎日、大量の計算をする組織**を、動かしていた**。
〈**保険料の計算**。**死亡率の表**。**利息**。
**——**事務員が、手で、延々と計算している**。〉)
**特許**。
**1820年**。
(——**ライプニッツの、段付き歯車**を使った**。
**〈長さの違う歯が、円柱に並んでいる。〉**
**そして、**桁上がりの機構**を、作り直した**。
**——**確実に動くように**。〉)
**そして、三十年**。
(——**特許は、1820年である**。
**しかし、**売れる製品になったのは、1851年**である**。
〈**——**その間、彼は、**改良を続けた**。
**そして、**保険会社の経営で、金を稼ぎながら**、**その金を、この機械に注ぎ込んだ**。
**〈——彼にとって、これは、副業である。〉**〉
**1851年、**ロンドン万国博覧会**に出品**。
**そして、**量産に入った**。〉)
**性能**。
(**四則演算**。
**桁——**当初、六桁×六桁、後に、二十桁**のものも作られた**。
**操作**。
〈**(1)**滑り子(スライド)で、数を設定する**。
**(2)**クランクを、回す**。
**(3)**答えが、窓に出る**。
**掛け算——**繰り返し足す**。
**〈滑り子を、桁の分だけ、横に動かす。〉**
**割り算——**繰り返し引く**。〉
**速度**。
〈**——**熟練者で、**掛け算一回に、十数秒**。
**——**手計算より、**確実に速く、そして、確実に正しい**。〉
**大きさ**。
〈**——**箱に入っていて、**机の上に置く**。
**〈木の箱に、真鍮の機構。〉**
**そして、**重い**(数キロ)。〉)
**売れた**。
(——**1851年から1915年まで、**約5,000台**が作られた**。
〈**——**現代の感覚では、少ない**。
**しかし、**それまでは、ゼロだった**。〉
**買ったのは**。
〈**保険会社**(——**彼自身の会社が、最初の顧客である**)。
**天文台**。
**測量局**。
**銀行**。
**そして、**軍**(弾道の計算)。〉
**価格——**当時の労働者の、数年分の賃金**に相当した**。
**——**それでも、**元が取れた**。〉)
**その後**。
(——**特許が切れると、**模倣が、大量に出た**。
〈**ドイツの**バロース**、**ブルンスヴィガ**(オドナー式)。
**そして、**スウェーデンの**オドナー**。
**——**「ピン・ホイール式」**という、別の機構が、主流になった**。
**〈より小型で、安い。〉**〉
**日本**。
〈**1902年、**矢頭良一**の「自働算盤」**。
**そして、**1923年、大本寅治郎の「タイガー計算器」**。
**——**オドナー式である**。
**〈昭和期、日本の役所と会社の机に、これがあった。**
**そして、**1970年代まで、作られていた**。〉**〉
**そして——**1970年代、電卓が、これを消した**。〉)
**意味**。
(——**この機械が、**何を変えたか**。
**「計算」が、**技能から、操作になった**。
〈**——**それまで、**計算ができる人**は、**訓練を受けた人**である**。
**——**アリスモメーターは、**数分で、使い方を覚えられる**。
**そして、**間違えない**。〉
**——**事務の現場に、機械が入った、最初の例**である**。
**そして、その後**。
〈**タイプライター**(1870年代)。
**パンチカードの集計機**(1890年)。
**——**「事務」という仕事そのものが、**機械と人の組み合わせ**になった**。〉
**そして——**それを最初に必要としたのが、**保険会社の経営者**だった**、という点**。
〈**——**確率と、統計と、大量の数値を扱う仕事**が、**最初に、機械を求めた**。〉)