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Event / できごと

朝鮮語学会事件

Korean Language Society incident
1942年10月
重要度 3
大英帝国ソビエト連邦中国の軍閥イギリス領インド帝国モンゴル新疆チベット日本シャムフランス領インドシナラオスフィリピンカンボジアネパールコーチシナ1942年10月ソウル
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っている1942年10月の版図を描いています(15勢力)。

概要

ハングルの綴り方は長く定まっていなかった。言語学者の周時経の弟子たちは朝鮮語学会を作り、1933年、ハングルの正書法の統一案をまとめ、朝鮮語の大辞典の編纂を進めた。日本の統治のもとで、朝鮮語の教育は1938年に正規の科目から外され、1940年には名前を日本式に変えさせる創氏改名が行われた。1942年10月、警察は、朝鮮語学会を独立運動の団体だとして、会員を次々に治安維持法違反で捕らえた。取り調べは過酷で、2人が獄中で死んだ。押収された辞典の原稿は、1945年の解放の後、ソウル駅の倉庫で見つかり、のちに辞典として完成した。

場所

ソウル
37.57°N 126.98°E · 韓国

本文

1443年に世宗が作った訓民正音(訓民正音の頒布)は、長いあいだ、漢文を重んじる知識人から「諺文」と呼ばれて軽んじられた。19世紀の末になって、ハングルは「国の文字」として見直され、新聞や教科書に使われるようになった。言語学者の周時経は、ハングルという名を広め、朝鮮語の文法と綴り方を研究し、多くの弟子を育てた。

1910年の韓国併合のあと、朝鮮の学校では日本語が「国語」として教えられ、朝鮮語は一つの科目に追いやられた。周時経の弟子たちは、1921年、朝鮮語研究会を作り、のちに朝鮮語学会と名を改めた。会は、1926年に、ハングルの頒布を記念する日を定め、1933年には、ハングルの綴り方を一つにまとめる「ハングル正書法統一案」を発表した。それまで人によってまちまちだった綴りに、共通の決まりができた。会はさらに、標準語を定め、外来語の表記を整え、朝鮮語の大辞典の編纂を進めた。

1930年代の後半、日本は朝鮮の人々を戦争に動員するため、「皇民化」の政策を強めた。1938年、学校の朝鮮語の授業は正規の科目から外され、事実上なくなった。1940年には、朝鮮の人々に日本式の氏を名乗らせる創氏改名が行われ、朝鮮語の新聞も廃刊させられた。

1942年10月、咸鏡南道の警察は、一人の女学生の日記に書かれた言葉をきっかけに、朝鮮語学会を調べ始めた。警察は、学会を、言葉の研究を装って民族の独立を目指す団体だとして、治安維持法(治安維持法)違反で、会員と関係者を次々に捕らえた。取り調べでは激しい拷問が行われ、国語学者の李允宰と韓澄が獄中で死んだ。辞典の原稿は証拠として押収された。

1945年8月、日本の敗戦で朝鮮は解放され、学会の人々は獄から出された。その翌月、行方の分からなくなっていた辞典の原稿が、ソウル駅の運送会社の倉庫で見つかった。学会はハングル学会と名を改め、1947年から1957年にかけて、全6巻の『大辞典』を完成させた。韓国では10月9日がハングルの日として祝われ、北朝鮮では1月15日に同じ日を祝っている。

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