ウェルギリウス『アエネイス』

概要
トロイアの落人がイタリアに着き、ローマの祖になる。アウグストゥスの時代に書かれた建国の叙事詩で、作者は未完のまま焼けと遺言した。
場所
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
ウェルギリウスBC70年10月15日–BC19年9月21日 · 作者本文
ウェルギリウスは紀元前70年、北イタリアのマントゥアの近くの農家に生まれた。ローマで学んだのち、羊飼いたちの歌の形をとった『牧歌』と、農業を歌った『農耕詩』で名を上げた。内戦で土地を取り上げられかけたとき、オクタウィアヌス(のちのアウグストゥス)の側近マエケナスの庇護を得たと伝えられる。紀元前31年、オクタウィアヌスはアクティウムの海戦でアントニウスとクレオパトラを破り、100年近く続いた内戦を終わらせた。ウェルギリウスが『アエネイス』に取りかかったのは、その2年後ごろである。
題の「アエネイス」は「アエネアスの歌」という意味である。アエネアスは、ホメロスの『イリアス』に登場するトロイアの武将で、女神ウェヌスの子とされる。物語は、トロイアが陥落した夜から始まる。燃える町から、アエネアスは老いた父アンキセスを背負い、幼い息子アスカニウス(ユルス)の手を引いて逃げた。妻は途中ではぐれ、亡霊となって夫に新しい国を目指すよう告げる。

全12巻のうち、前半の6巻はさまようアエネアスを描く。嵐に流されて北アフリカのカルタゴに着き、女王ディドに迎えられる。二人は愛し合うが、神々はアエネアスにイタリアへ向かえと命じる。黙って船出したアエネアスを見て、ディドは呪いの言葉を残して自ら命を絶つ。カルタゴとローマの末代までの敵意を祈るその言葉は、のちのポエニ戦争(第二次ポエニ戦争)を予告するものとして読まれる。第6巻では、アエネアスは冥界に降り、亡き父に会って、自分の子孫が築くローマの未来を見せられる。そこで父は、他の民は青銅の像を彫り、弁論に長け、星の動きを測るだろうが、ローマ人よ、お前は諸民族を治め、従う者は許し、驕る者は打ち倒せ、と告げる。
後半の6巻は、イタリアのラティウムでの戦いである。アエネアスは土地の王の娘と結ばれることになるが、その許婚だった若い王トゥルヌスとの戦争になる。最後の一騎打ちで、アエネアスは傷ついたトゥルヌスに命乞いをされ、一度はためらう。だがトゥルヌスが、殺された若者パラスの剣帯を身につけているのを見て、怒りにかられて剣を突き立てる。詩はそこで唐突に終わる。

前半はホメロスの『オデュッセイア』、後半は『イリアス』を下敷きにしている(『イリアス』『オデュッセイア』の成立)。ギリシアの英雄叙事詩の形を借りながら、主人公は自分の欲よりも神々の定めと一族の未来を重んじる「敬虔な」英雄として描かれた。
この詩は、アウグストゥスの新しい秩序と深く結びついている。アエネアスの息子ユルスの名は、カエサルとアウグストゥスのユリウス家の祖とされた。冥界の場面には、アウグストゥス自身が黄金の時代を取り戻す者として登場する。アウグストゥスは執筆の進み具合を気にかけ、詩人は皇帝の前でいくつかの巻を朗読したと伝えられる。その一方で、詩には、戦いで死ぬ若者たちへの悲しみや、捨てられたディドの苦しみ、勝者の怒りの暗さも深く刻まれている。ローマの栄光をたたえる詩なのか、その代償を見つめる詩なのか、読み方はいまも分かれる。

ウェルギリウスは10年あまりこの詩に取り組んだ。紀元前19年、仕上げのためにギリシアへ旅立ったが、旅先で病に倒れ、イタリアに戻ってブルンディシウム(ブリンディシ)で死んだ。50歳だった。死の前、未完の詩を焼くよう友人たちに頼んだと伝えられる。アウグストゥスはそれを許さず、手を加えずに公刊させた。いまも作品には、途中で切れたままの行が残っている。
『アエネイス』は、ローマの学校で生徒たちが暗唱する教科書になった。帝国が滅んだ後も、ヨーロッパではラテン語の手本として読み継がれた。アウグスティヌスは、自分の罪のためには泣かず、ディドの死のために泣いた若い日を『告白』で振り返っている。14世紀、ダンテは『神曲』で、地獄と煉獄を巡る旅の案内役にウェルギリウスを選んだ(ダンテ・アリギエーリ)。トロイアの落人がローマの祖になるという物語は、こうしてヨーロッパの人々の「自分たちの起源」の物語の一つになった(ローマの建国)。