概要
ポンペイウスの息子セクストゥスがシチリアから海を握り、ローマを飢えさせていた。アグリッパが船を造り、水兵を訓練し、鉤付きの投射器で敵船を引き寄せて、300隻で破った。セクストゥスは東へ逃げて殺された。レピドゥスが兵に見捨てられ、三頭は二人になった。
場所
38.25°N 15.45°E · イタリア・シチリア
関わった人(3)
アグリッパBC63年–BC12年 · 勝ったセクストゥス・ポンペイウスBC67年–BC35年 · 負けたレピドゥスBC89年頃–BC13年 · 退けられた本文
セクストゥス。 BC43年、「海の指揮官」。元老院が。追放告示のあと、アフリカから、シチリア。 「逃亡奴隷」。「追放された者」。「海賊」。 穀物。 BC40年、ローマで飢え。「暴動」。 BC39年、ミセヌム。 「ネプトゥヌスの子」。青いマント。 BC38年、オクタウィアヌスが負けた。二度。嵐。 アグリッパ。 「ルクリヌス湖とアウェルヌス湖をつないで、港に。『ポルトゥス・ユリウス』」。 「船。大きく」。 「水兵。2万人の奴隷を解放して」。 「ハルパクス」。投射器で、鉤を、縄で。引き寄せる。 BC36年。 ミュラエ。8月。 9月3日。 ナウロコス。 ミラッツォの東。 300対300。 セクストゥスは陸から見ていた。 アグリッパ。 「ハルパクス」。 「軽い船を捕まえて」。 セクストゥス。17隻で逃げた。 「彼は、戦いを見て、逃げた」。 東へ。レスボス。「アントニウスに」。 BC35年、ミレトス。アントニウスの部下ティティウスが。「命令なしに」。「命令で」。 レピドゥス。 「14個軍団でシチリアに上陸していた」。 「シチリアは私の」。 「オクタウィアヌスが、彼の陣に、一人で、歩いて入った」。 「兵が、彼を捨てた」。 「最高神祇官」。「キルケイイへ」。 「二人」。 BC36年。 「オクタウィアヌスは、ローマで、『内戦は終わった』」。 「税を減らし、文書を焼いた」。 「護民官の不可侵」。 「アグリッパは、青い旗をもらった。『海の冠』。誰も、もらったことがない」。 BC31年、アクティウム。 同じ二人。 「アグリッパが」。 ナウロコス。 「船」。 「ネプトゥヌス」。 「ポンペイウスの息子は、海で、父より」。 「父は海賊を掃討して、子は海賊と呼ばれた」。 「ネプトゥヌスの子は、海で負けた」。 ナウロコスは、どこか。 ヴェネティコ。 たぶん。